失着点・龍界編 32 - 33
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すっかり頭に血を登らせた相手が苛立たし気にタバコを灰皿にねじ込み
「もう一勝負だ!」
と背広の中の札入れを探っている。緒方がそんな三谷の方に向かおうとした。
「…困りますね、先生。勝手な事は…」
店の男が数人立ち上がり、鋭い視線を緒方に向けている。
「…沢淵という人は、今どちらに?」
席亭の胸ぐらを掴みたい衝動を押さえて問う。
「さあ…ところで先生、どうです?打つのであれば、案内しますが。」
今はそんな暇はない。緒方は舌打ちをすると店を出た。
ビルを出て駐車場に向かい、車を発信させ表通りに出る。
沢淵の事を調べるしかない。
それと入れ違うように通りを緒方の車が向かう反対の方向に走る
ヒカル達の姿があった。だが互いに気がつく事はなかった。
詳しい事情は話せないままビルの前に到着し、もし一時間経っても自分が出て
来なかったら緒方に連絡を取るよう和谷と伊角に頼みヒカルは問題の
ビルの中に入って行った。
碁会所「龍山」を見つけ、ヒカルは意を決してその店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい、坊や一人かい?」
「…塔矢3段が、ここに来たはずなんだけど…」
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「さあ…どうだったかねえ…」
席亭にとぼけられる。店の中を見回したヒカルはあの時の男達がいるのを見て
息を飲んだ。三谷を抱いていた方の2人だ。
「ほお、予定より一日早く来るとは感心だな。」
そして三谷もヒカルに気がついて驚いたように立ち上がった。
その三谷に掴み掛かるようにしてヒカルは問いつめた。
「塔矢はどこだ!?」
「塔矢は…、」
三谷が口籠った。と同時に直感でヒカルが失踪した棋士仲間が塔矢である事を
察した。ヒカルは塔矢を救いに来たのだ。自分の為ではなく…。
ふいに男が三谷の腕を掴んで引き寄せ、耳もとで何かを指示して来た。
男の言葉に、三谷はぐっと唇を噛んだ。
そして男達はヒカルに三谷について行くよう命じた。
「沢淵さんはあっちで楽しんでいるんだ。オレ達はオレ達で楽しもうぜ…。」
男達がそう小声で話しているのが聞こえて来た。
カウンターでカギを受け取った三谷に連れられるようにヒカルは
「龍山」を出る。
建物の裏の出口から隣接したビルに入る。念のため裏を見張っていた伊角が
それを見かけて携帯で和谷に連絡をとった。和谷は和谷で必死に緒方の
居場所をあちこちに連絡をとって探していた。
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