パッチワーク 32 - 37


(32)
「塔矢だ、塔矢アキラだ。」振り返ると塔矢君と目が合ってしまった。「藤崎さん?」睨ま
れている気がするのは気のせいではないだろうな。ジブンノテリトリーニハイッテクルナっ
てことだろうな。「進藤と待ち合わせているの?」ヒカルハキョウハアナタノトコロニトマ
ルヨテイナンダカラソンナハズナイノワカッテイルデショウニ。できるだけにこやかな顔を
して「部活で会館の見学に来たの。もう帰るところなの。」周りの人も塔矢君と話している
のは誰だって感じでチラチラこちらを見ながら通り過ぎていく。「アキラ君」塔矢君を呼ぶ
人がいてそちらを見ると白いスーツを着た表情のきつい人で、その隣に白川先生がいらした。
先生も私に気づいたようで「藤崎さん、お久しぶりですね。」「ご無沙汰してます。」「進
藤君ならもうすぐ降りてきますよ。」「ヒカルと待ち合わせじゃなくて、部活で見学に来た
んです。」そうこうしてる間にヒカルが何人かの人と一緒にエレベータから出てきた。「あ
れ、あかり?」「ヒカル」「なにしてんの」「部活で見学に来たの」「へー。あっそうだ 
おかあさんにチャーシュー朝ラーメンに入れたら無くなったっていっといて。」大丈夫、朝
食の時おばさん気が付いていて今日のうちに作らなきゃって言ってたから。 ヒカルと一緒に
降りてきた人たちが「進藤の彼女らしい」と言っているのが聞こえた。


(33)
「違います、ヒカルの彼女(彼氏?)はそこで嫉妬びんびんで私を睨んでいる塔矢君です。」
なんて本当のことここで言えるわけない。きっと、時々だけどヒカルが私と一緒の部屋で寝て
るなんて言わなくていいこと言ったんだろうな。ヒカルが周りに人がいないと眠れないって言
うから同じ部屋で寝てるだけなのに。寝ぼけて私の髪をなでながら「サイ、ここにいたんだ」
って寝言いって抱きついてくることもたまにあるけれど。大体、小六の頃は周りに人がいると
眠れないって言ってたヒカルが今じゃ人がいなきゃ眠れないなんて言うようになるなんてあな
たのせいじゃないの?塔矢君。あなたのところへ泊まるたび襟元とか手首とか服に隠れるか隠
れないかのところにキスマーク付けて。ヒカルはわかっているんだかいないんだか気にしない
けどおばさんには私が付けたって誤解されてる気配濃厚だから、このまえだって試験期間中だ
って言うのにおばさんにばれないように勉強時間削って蒸しタオルで消したのに、またつけて
かえって来るんだろうな。私に対する嫌がらせよね、誤解なのに、私はヒカルのこ
と好きだけどヒカルは私のこと幼なじみだとしか思っていないもの。


(34)
 気が付いたら一緒に来た人たちは入り口近くに集まっていたのであわてて合流しようとしたら
なんか退かれてる?「フ、フ、藤崎さんの彼氏って、進藤プロだったんだ」鈴木さんがどもって
いる。これで鈴木さんがベタベタ寄ってこなくなるのはうれしいけど他の人にまで退かれるのは
困る。「ヒカルは幼なじみなんです。」ヒカルのうちに下宿してるなんて言ったらよけい誤解さ
れそう。「そ、そ、そうなんだ。えーとじゃぁ解散と言うことで気を付けてかえって下さい。」

 次の日、ヒカルはいつもの倍くらいキスマークを付けて帰ってきた。
ヒカルは嬉しそうだけど、私は憂鬱。
塔矢君、嫉妬するならサイって人にしてよ。

パッチワーク 2003年冬 あかり 了


(35)
芦原 2013

娘のゆかりとオセロをしていると電話が鳴り妻がでた。
「あら、アキラくん」
妻の声が明るい。
先日退院し箱根の先生宅で療養を続けているアキラからの電話だったらしい。

娘とのオセロは最初は八子おいていたが、五回連続で勝てば一子ずつ減らしてゆく
約束で今日から三子になった。
娘は一つ空いている隅を取ることに集中して全体を見ることができずこちらの大勝だった。
二局目が終わったところで妻が
「アキラ君の彼女じゃないの。今度紹介してね。」
と言って受話器を置いた。
「訊かなかったの」と妻に尋ねると「明日対局があるって言うんだもの」
とソファに座りクッションを抱き潰しながら応えた。
拗ねている。アキラに聞きたいことがあったのを我慢したせいだろう。
ちょっと、かわいい。
「じゃあ、明日対局のあとで訊いてみるよ」
十連勝で五子から三子まで減らしたのに二連敗になりふくれっ面の娘が
また石を並べはじめた。三連敗になったら口を利いてくれなくなりそうなので
「なんで上手くゆかなかったのか「検討」をしようか。」と娘に言った。
自分の娘に「天使ちゃん」なんて呼びかける緒方さんほど親ばかではないつもりだが
オセロのせいで娘が口を利いてくれなくなるのは辛い。


(36)

妻が気にしているのはアキラが入院している間の費用を払い、服などを用意していた女性が
妊娠していたからだった。

アキラの住むマンションの管理会社から碁会所にアキラが救急車で運ばれたと連絡が入ったのは
アキラの住むマンションのオーナーでアキラの母親である明子夫人が先生と一緒に海外に
いることが多いので緊急連絡先を碁会所にしていたからだ。
夫人は箱根のマンションに滞在中だったが先生が自宅安静中の今、詳しいことが
わからないまま取り乱した連絡をして夫人に心労が重なることを懸念した。

管理会社からの連絡で運ばれた病院に妻が向かったが家族ではないからと面会が許されなかった。

新宿御苑のマンションから近くの病院ではなく北区のそれも拒食症の専門外来がある病院に
運ばれたのも不思議だったが運んでくれた消防署に妻がお礼の品をもっていって訊いたところだと
同乗していた進藤君が病院に直接頼んで病室を確保したとのことだった。

連絡をもらって妻が病院に駆けつけたときには入院に必要な物も進藤君が救急車に
乗ったときに既に用意していたし、何日か分の費用も既に病院に支払われていた。

その後、アキラが意識を取り戻し面会できるようになったがひどくやつれていて驚いた。


(37)

三星杯から帰国したあと昔に戻ったように神経質になっていたのは感じていたが先生も療養が
必要とはいえ命に別状はなかったのでさほど重大には考えていなかった。研究会は緒方さんが
引き継いだ形になっているからかアキラはいつの間にか参加しなくなり、緒方さんも先生の
碁会所には出入りしなくなった。自分はどちらにも参加していたが先生が日本にいらした頃に
比べるとアキラに会う回数は格段に少なくなっていて気が付いていなかった。妻は碁会所で
あっているにも関わらず気づかずにいた自分を責めていた。妻が会計を払おうとしても会計カードは
既にご家族にお渡ししてありますからと断られ。汚れ物も家族でないからと持ち帰りを断られ、
面会も診療の妨げになるからの制限され、妻にできたことは見舞いの品を持って行くことくらい
だったがそれも禁止事項が多く着替えくらいしか用意できなかった。でも着替えもわからない誰か
が必要な分を用意している状態だった。妻はとうとう仕事が休みの日に病院のナースステーションに
張り込みに行き、アキラの汚れ物を受け取ったのが髪が長くて細身で妊娠している女性なのを
つきとめた。アキラの彼女かもしれないと考え、アキラに彼女がいたこと、その彼女が
妊娠していたこと、アキラが自分に彼女を紹介してくれなかったことに妻はショックを
受けていた。

対局室前でアキラを捕まえた。
「ちょっと、訊きたいことがあるから対局のあと待っていてくれないか」
「どうしたんです、芦原さん。怖い顔して。いいですよ。」
横を通ろうとした人が肩に触れてバランスを崩してしまった。
あわてて体を支えようとしたが「軽い」。
「すみません。」声がいつもと違うが進藤君だった、彼もアキラと同じほどやつれていた。
アキラはショックを受けたように進藤君を見つめていた。



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