うたかた 33
(33)
「あ〜〜そうか、そこですぐ黒を切っておかなきゃいけなかったんだ!」
「そして次はケイマに打っておけば、もうここはどうやっても荒らせないだろ?」
検討は順調に進み、二人はヒカルの母親が持ってきた飲み物に口を付けないまま終局まで一気に行った。
ヒカルの晴れ晴れした顔を見て、冴木もつられて笑顔になる。
「ハハ、憑き物が落ちたような顔してるな。」
しかしそう言った途端、ヒカルからスッと表情が消えた。
「……憑き物…」
「え?おい、ただの冗談だよ、進藤?」
「………」
何か気に障ったのだろうかと、冴木が慌てる。ヒカルは碁盤に視線を落とすと、辛そうに顔を歪めた。
なんで落ちちゃったのかな、憑き物。
微かに唇が動いて、ヒカルがそう言ったような気がしたが、はっきりとはわからなかった。ただヒカルが今にも泣き出しそうで、そればかりが気になった。
「進藤、どうしたんだ?」
碁盤を横にずらして、ヒカルの近くに寄る。それでもヒカルは碁盤があった場所を見つめ続けていた。
「あ、ひょっとして足が痛むのか?」
冴木の言葉に、ヒカルがゆっくりと顔を上げる。
「………いたい…」
小さく掠れたヒカルの声は、今まで聞いたことのある声とはどこかが違っていて、自分が動揺したのがわかった。
冴木の肩口にヒカルの額が押しつけられる。
「…痛いんだ、ココが…ずっと…」
ヒカルの手は、指が白くなるくらい強く胸の辺りを握りしめていた。
「アイツのこと思い出すと……痛いよ……」
何かに突き動かされるようにヒカルの肩をきつく抱くと、ヒカルも冴木の背中に腕を回した。
ヒカルは泣かなかった。
けれど、ヒカルの心は泣いている。
痛い痛いと、泣いている。
アイツも冴木さんみたいに背が高かったな、とヒカルが独り言のように言った。
切なさばかりが、心に染みた。
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