白と黒の宴4 33 - 34
(33)
廊下に出ると奥にヒカルの部屋、手前にアキラの部屋のドアが並んでいる。
(進藤の奴、もう寝たやろか…あいつはお子様やからな…電話かけてみたほうがエエやろか)
そう考えながら社はしばらく廊下をうろうろしていたが思いきってヒカルの部屋のドアを
ノックしようと手を握りしめ、構えた。
そしてハッとなった。
韓国戦を控えて不安で心細くなっているのは実は自分の方ではないだろうか。
明日また負けてしまったら、アキラに、師匠に、地元の碁会所の常連らに、そして親から自分がどう
見られるか。いつのまにかそれらがプレッシャーとして積み上がっていたのではないか。
(アホや、オレは…。他人に構っとる場合やない。)
1人溜め息をつくと社は自分の部屋に戻りかけた。
その時カチャリと目の前のドアが開いて、社は飛び上がりそうなくらいびっくりした。
「…社?…何をしているんだ。」
そこにはアキラが、アキラもまたそこに社が居た事にひどく驚いたような顔をして
ドアを開けたまま立っていた。
ただ社とは違って革靴にちゃんとした薄いニットのセーターと白いスラックスという外出着の姿だった。
「さ、散歩や。塔矢こそなんや。どっか出掛けるンか。」
「…眠れないから、ラウンジにでも行こうと思って…。」
俯き視線を落としてそう答えるアキラの表情を見ながら、社はしまったと思った。
もしかしたらアキラはヒカルの部屋に行こうとしていたのかもしれない。
そしてさっきの事を謝り、ヒカルを励ますつもりだったに違いない。
(しもオた!!オレが邪魔してまった…!!!)
心の中で社は頭を抱えた。タイミングの悪さに自分で呆れた。
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「そ、そうか。気イつけてな。」
あくまで表情は平静さを装いながら慌てて社は自分の部屋に戻ろうとした。
「社」
アキラの落ち着いた低い声に心臓を掴まれるように呼び止められて社は息を飲む。
「…少しだけつきあってくれないか。」
振り返るとアキラは自動ロックのドアが閉まらないよう、手で押さえて自分の部屋に体を半分入れて
待っていた。
「あ…あ」
無表情に自分を見つめるアキラの目からは何も読み取れなかったが、吸い寄せられるように社は従った。
室内に備えてあったポットとフィルターで、アキラがコーヒーを煎れてくれていた。
社は何となく落ち着かなく窓際に寄り、カーテンの隙間から外の景色を眺める。
大通りを挟んで同じような高さのホテルやオフィスビルの窓の並びが迫っていたが、建物の合間に
洪水のような星屑が溢れて煌めいている。
所々切り取られたように真っ暗な空間があった。「汐留区域開発」とかいう巨大な看板を新幹線で
来る途中見かけた気がする。何やら大きなクレーンも所々立ち並んでいた。やがてそれらの場所にも
うず高く光の塔が立ち並ぶのだろう。どんなに発展してもまだ足りないと言うように膨らんで行こうとする。
大阪も大きな都市だが、やはり東京の巨大さにはかなわない。
「冷めるよ」
「お、おオ。」
声を掛けられ、緊張した面持ちで社はぶっきらぼうに返事をする。
アキラはベッドに腰掛けてコーヒーカップを手にしていた。塔矢家での古き重厚な日本家屋の和室でも
こういう洒落た洋風のホテルの一室でもアキラが座っているだけで絵になっていた。
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