金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 33 - 34


(33)
 ああ、きっちりしっかり全部思い出してしまった――――
ヒラヒラ可愛いヒカルを見て、ヒラヒラ可愛い金魚を思い出す。小さいところ、元気なところ、
人なつっこいところ、全部重なる。恋にも似た甘酸っぱい感情まで全部全部。おまけに
あのころの自分のバカな独占欲――今もあんまり変わっていないが――まで思い出して、
がっくりと項垂れた。あの時、もう意地を張るのはやめようとあんなに誓ったのに………
『ボクは、全然成長してない…』
 アキラは、まだグズグズと泣いているヒカルの方をチラリと見た。両手を膝の上に置いて、
スカートを握り締めている。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
 薄暗い電灯の明かりの下でさえわかるくらい、額も頬も首筋まで真っ赤に染まっている。
それがまたあの時の金魚を連想させて、アキラは大きく溜息を吐いた。
 その瞬間、ヒカルが弾かれたように顔を上げ、キッとアキラを睨み付けた。
「バカ…バカ…なんで…いつもそんな目で見るんだよ…いっつもそうやって、溜息吐いて…」
ヒカルはしゃくり上げた。
「いつもそうやって…オレが悪いみたいに…」
「え…?いや…ボクは別に…」
アキラの言葉はヒカルの耳に届いていない。ヒカルは涙をポロポロと零しながら、途切れ途切れに
話し続ける。
「オマエがそんなだから…オレは…自分が…悪いみたいな気分になって…」

「オレが男で悪いみたいに…………」

「オレは…自分が…女だったらとか…思ってなかったのに……」

「オマエが…オレを…責め…るみたいに…見るから……だから…」

 アキラは頭の中が真っ白になってしまった。


(34)
 ボクが彼をいつ責めたというのだろうか―――
だけど、全くの濡れ衣と言うわけでもないのが、辛いところだ。確かに、ヒカルが女の子だったらと
思ったことはある。実際、今時小説でもないようなそういうシチュエーションの夢を見て、
慌てたことも一度や二度ではない。
 だが、実際はそんなことがあるはずもなく、ヒカルの笑顔は性別など関係なしにいつでも
自分を魅了した。
 アキラは混乱している頭の中をひとつずつ整理した。
「えーっと、つまり、その恰好はボクの為?」
胸がドキドキしている。もしも、彼も自分と同じ感情を抱いてくれていたら――
 だが、ヒカルはつれなく言い放った。
「違う!オマエのためなんかじゃネエ!酒を飲んだからだ!それで、ちょっと遊んでみただけだ!」
額がくっつくくらい間近にヒカルの顔があった。涙に濡れた瞳がアキラを強く睨んでいる。
「そうだね…キミ、酔っているんだ…だから…そんなこと言うんだ…」
アキラは視線を落とし、また小さく溜息を吐いた。

 「違う!酔ってネエ…!酔ってなんかいねエ………!なんでわかんねえんだよ…」
ヒカルは、アキラにしがみついた。アキラの肩に顔を埋めて泣いている。その背中に躊躇いながら
腕をまわした。
 ヒカルは「酔っている」と「酔っていない」繰り返す。アキラが悩んでいたように、ヒカルも
ずっと悩んでいたのだ。

 「ゴメンね…」
ヒカルの耳に吐息のような声で囁いた。ヒカルがゆっくりと顔を上げて目を閉じた。
『いいのかな?いいんだよね?』
アキラはそっと唇を重ねた。



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