敗着─交錯─ 33 - 34
(33)
どこをどうやって来たのか、とにかく自分はタクシーに乗っていた。
いつもは緒方の車で来ていたこの道。
「そこを左へ」
心臓が高鳴っていた。
(一度も泊まりに来たことがない)
そのことだけが頭を占めていた。
だとしたら、進藤――。
疑ったことはあるが、まだ心のどこかで進藤は自分のものだという思いがあった。
いや、進藤が自分以外の人間に心を奪われるハズがない。
これは半ば思い込みだった。しかし自分には自信があった。
執拗なまでに追いかける自分を避けるのも、緒方と関係したことに対して引け目を感じているからだろうと納得していた。
だとすれば、なおさら会って伝えたかった。急ぎすぎた行為と、自分のしたことで進藤を追い詰めたことへの謝罪。
そして何があっても変わらないと断言できる進藤への想いがあった。
「…あそこに見える、あの建物です」
とにかく行くだけ行ってみて、今日はすぐに帰ればいい。
緒方と自分は、もう以前のような関係ではないのだから――。
「お釣は結構ですから…」
タクシーを降りると目的の部屋を目指す。
一応は確かめておきたかった。
緒方が「あれきり」と言うのならば、それもあるのだろう。自分が勘ぐり過ぎていたに違いない。
だけど、念のために調べておきたかった。
進藤が、どこへ行っていたのかを。
(34)
エレベーターが上昇していく中で、じっと考えた。
もう進藤は家に帰っているだろうか。
(今日も留守かな…。それとも、いたとしても会ってはくれないだろうか…)
腕時計を見て、このマンションから進藤の自宅までの距離を思った。
(…これから行っても、なんとか失礼な時間にはならずに行けるな…。)
頭の中は、次第に進藤の家に行くことで占められてきた。
どんな手を使ってでも、進藤を問い詰めたくて仕方がなくなってきた。
ドアの前で立ち止まり、ポケットに手を入れ探ると何も入っていないことを思い出して苦笑した。
緒方の部屋に通っていた頃の癖だ。
自分も幼かった。
兄弟が一人もいない自分にとって、緒方は兄を超えた存在だった。名門とされる父の門下でも、めきめきと頭角を顕わしていた頃の彼。
まだ「恋」というものさえ知らない自分には眩しく映った。
――そして、抱かれた。
当時はそのことに微塵ほどの疑問も抱かなかった。経験豊富であろう緒方の性戯に耽溺し、夢中で追いかけた。
だけどそれは進藤との出会いによって微妙に変化していった。
暗がりでも見えた進藤の潤んだ瞳。自分が泣かせているのになぜか嬉しかった。
稚拙な愛し合い方だったが、それは自分の心の中で崇高なものにまで昇華していった。
呼び鈴を押しかけて止め、ドアノブに手をかけた。
「……、」
息を殺して回す。
鍵はかかっていなかった。
少し錆びた音を立てて、ゆっくりとドアを開く。
足を踏み入れ、そっとドアを閉めると玄関に並んでいる靴が目に入り、その一つに「あっ」と声が出そうになった。
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