痴漢電車 お持ち帰り編 33 - 36


(33)
 ヒカルは、怒るより呆れた。しょうがないので教えてやることにした。
「ウソつきだからだ!」
スケベなところ、ヘンタイなところ、他にもいろいろあるが、コレが一番腹立たしいのだ。
「ウソ?何もしないって言ったのに、ヤッちゃたこと?それはボクも悪いと思っているんだ………
 でも、進藤があんまり可愛かったから……ガマンできなくて……だって、湯上がりの進藤ってば、
 スゴク色っぽくて…………」
恥ずかしいことを平気な顔で言うアキラにヒカルの方が赤面した。
「ち、ちがう!オレのこと好きだってこと!」
「え?」
アキラが急に真顔になった。あまりに真剣なその顔つきにヒカルは怯んだ。
「ボクがキミを好きってことのどこがウソ?」
「…………だって…ヘンだもん……」
悪いことをして叱られる子供みたいにヒカルはボソボソと言った。
「ヘンって何が……?」
アキラの追及は厳しい。いつの間にか立場が逆転していることに、ヒカルは気が付いていたが、
どうしようも出来なかった。

 「告白よりエッチが先なんておかしいよ!あかりもそう言ってた!ホントに好きなら
 そんなことしないって!」
あまりにアキラがしつこく聞くので、ついに、こんな事を大声で叫んでしまった。
 言った後で「あっ」と口を押さえる。お母さんに聞こえたら、どうするんだ!だが、アキラは
別のことに引っかかったらしい。
「…………………………………キミ…他の人にボク達のこと言ったの?」
と、呆れたように言った。


(34)
 「…………………………………キミ…他の人にボク達のこと言ったの?」
アキラが訊ねると、ヒカルはムッとした顔をした。
「違うよ!ちゃんと友達から相談受けたって言ったもん!」
「……………………………………………」
無言になってしまった。
 「友達に相談されて」とか「知人の話なんだけど」の枕詞で始まる相談事は、大抵
本人である場合が多い。『あかり』さんとやらは確かヒカルの幼なじみの女の子だ。
彼女はそれをどう受け取ったのかはわからない。額面通りに受け取ったか……いや、
あの言葉はヒカルのことだと勘を働かせて牽制をかけてきたのでは無いだろうか?
 だいたいヒカルみたいな世間知らずに恋愛相談を持ちかけるヤツがいるだろうか?周りを
見渡せば、他に適任者はいくらでもいる。
――――――進藤に恋愛相談するより、家の金魚に話しを聞いてもらう方がよっぽど気持ちが
落ち着くというものだ。
 まあ、ともかく、コレでヒカルは名実ともに自分のモノになったわけだ。

 「あかりはそれはフツウじゃないって言ってた!」
ヒカルは必死にアキラに訴えている。ムキになるヒカルは可愛すぎる。ついついからかいたく
なるではないか。
「フツウじゃないよ。それがどうかした?」
「………え?」
ヒカルはビックリして目を丸くしている。ただでさえ大きな目が更に三割り増しだ。
「男のキミを好きになった時点でボクはフツウの範疇から逸脱しているよ…だから何?」
「………え…えぇっと………」
「フツウじゃないボクがフツウじゃないことしたからって、それが何?」
「……………………」


(35)
 立て板に水………予め用意をしていたかのように流暢に切り返されて、ヒカルは言葉に
詰まった。こうなってしまうとヒカルにはちょっと反撃できない。
 考えてみれば小学生の時から、アキラの口は達者だった。「辛酸」とか「苦渋」とか
フツウの小学生の口からはまずでない。その後もなにやら難しい言葉を一気にしゃべっていた。
その時何を言っていたのか、今でも全然思い出せない。
『コイツ、劇とかで台本全部覚えてから、練習に出たりしてたんだろーな………』
 学芸会で木の役とか通行人しかできなかったヒカルとは大違いだ――と、そんなこと考えている
場合じゃなかった。

 『えーっと、えーっと…………そーだ!』
そんなのただの屁理屈じゃんか―――――――と、反論しようとしたヒカルの肩をアキラが
ガッと掴んだ。面食らっているヒカルの間近に顔が近づいてくる。
『え?えぇ?』
真剣な眼差しで、アキラはヒカルに問いかけた。
「………で、キミの返事は?」
「え?返事って?」
「ボクはキミに好きだと言ったよ?でも、キミの返事はまだもらってない………」
掴まれた両肩が痛い。アキラの目はヒカルが目を逸らすことを赦してはくれなかった。
「えっと…………」
ヒカルは考え込んでしまった。


(36)
 アキラはヒカルをじっと見つめ続ける。ドキドキして息が詰まる。そんなに見ないで欲しい。
居心地悪いことこの上ない。
「………もし、好きだって言ったらどうする?」
「そりゃあ、メチャクチャ嬉しいよ。浅草サンバカーニバルで踊り狂いたいくらい……!」
「………………………………」
冗談なのだろうが、冗談を冗談として容易に受け取れないのが、塔矢アキラだ。面白いかも
しれないけれど……髪を振り乱してサンバを踊るアキラは見たくない………。
「じゃ、じゃあキライって言ったら?」
「言わせない!」
間髪入れずに答えが返ってくる。
「………いや…例えばだから………」
「“好き”って言うまで、ねばる!」
「………………………………」



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