金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 33 - 47


(33)
 ああ、きっちりしっかり全部思い出してしまった――――
ヒラヒラ可愛いヒカルを見て、ヒラヒラ可愛い金魚を思い出す。小さいところ、元気なところ、
人なつっこいところ、全部重なる。恋にも似た甘酸っぱい感情まで全部全部。おまけに
あのころの自分のバカな独占欲――今もあんまり変わっていないが――まで思い出して、
がっくりと項垂れた。あの時、もう意地を張るのはやめようとあんなに誓ったのに………
『ボクは、全然成長してない…』
 アキラは、まだグズグズと泣いているヒカルの方をチラリと見た。両手を膝の上に置いて、
スカートを握り締めている。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
 薄暗い電灯の明かりの下でさえわかるくらい、額も頬も首筋まで真っ赤に染まっている。
それがまたあの時の金魚を連想させて、アキラは大きく溜息を吐いた。
 その瞬間、ヒカルが弾かれたように顔を上げ、キッとアキラを睨み付けた。
「バカ…バカ…なんで…いつもそんな目で見るんだよ…いっつもそうやって、溜息吐いて…」
ヒカルはしゃくり上げた。
「いつもそうやって…オレが悪いみたいに…」
「え…?いや…ボクは別に…」
アキラの言葉はヒカルの耳に届いていない。ヒカルは涙をポロポロと零しながら、途切れ途切れに
話し続ける。
「オマエがそんなだから…オレは…自分が…悪いみたいな気分になって…」

「オレが男で悪いみたいに…………」

「オレは…自分が…女だったらとか…思ってなかったのに……」

「オマエが…オレを…責め…るみたいに…見るから……だから…」

 アキラは頭の中が真っ白になってしまった。


(34)
 ボクが彼をいつ責めたというのだろうか―――
だけど、全くの濡れ衣と言うわけでもないのが、辛いところだ。確かに、ヒカルが女の子だったらと
思ったことはある。実際、今時小説でもないようなそういうシチュエーションの夢を見て、
慌てたことも一度や二度ではない。
 だが、実際はそんなことがあるはずもなく、ヒカルの笑顔は性別など関係なしにいつでも
自分を魅了した。
 アキラは混乱している頭の中をひとつずつ整理した。
「えーっと、つまり、その恰好はボクの為?」
胸がドキドキしている。もしも、彼も自分と同じ感情を抱いてくれていたら――
 だが、ヒカルはつれなく言い放った。
「違う!オマエのためなんかじゃネエ!酒を飲んだからだ!それで、ちょっと遊んでみただけだ!」
額がくっつくくらい間近にヒカルの顔があった。涙に濡れた瞳がアキラを強く睨んでいる。
「そうだね…キミ、酔っているんだ…だから…そんなこと言うんだ…」
アキラは視線を落とし、また小さく溜息を吐いた。

 「違う!酔ってネエ…!酔ってなんかいねエ………!なんでわかんねえんだよ…」
ヒカルは、アキラにしがみついた。アキラの肩に顔を埋めて泣いている。その背中に躊躇いながら
腕をまわした。
 ヒカルは「酔っている」と「酔っていない」繰り返す。アキラが悩んでいたように、ヒカルも
ずっと悩んでいたのだ。

 「ゴメンね…」
ヒカルの耳に吐息のような声で囁いた。ヒカルがゆっくりと顔を上げて目を閉じた。
『いいのかな?いいんだよね?』
アキラはそっと唇を重ねた。


(35)
 初めてのキスは何の味もしなかった。よく言うようなレモンの味もミントの味もしなかった。
強いて言うなら、水の味がしたような気がする。
 ゆっくりと唇を離して、ヒカルの顔を正面から見つめた。大きな瞳が同じように、アキラを
見つめていた。
「…………ビールの味した?」
「しなかった………」
「じゃあ、何の味がした?」
「何も………」
ヒカルが不思議そうな顔をした。
「オレはしたよ?」
「どんな?」
「甘かった…」
それだけでは足りないと思ったのか、彼は少し考え込むように唇に手を添え、続く言葉を探していた。
「…えっと、アイスクリームみたいな味がした…」


(36)
―――――キミどこで見てたの?
アキラは眩暈を起こしそうな気分だった。もしかしたら、ヒカルは本当にあの金魚かもしれない。
そんなあるはずもないことを思いついて、ますます頭がクラクラして倒れてしまいそうだ。

 ペットショップをガラス越しに覗きながら、母と二人で毎日食べたアイスクリームの味を
思い出した。アキラはいつもバニラを食べた。母はその日の気分で、いろいろためしてみるのが
楽しかったらしい。買い物帰りの小さな幸せ。
 それから暫くして、その相手は小さな赤い花に変わった。金魚には小さな顆粒状の餌を与え、
自分はその前に座って、甘い甘い氷菓子を口に運んだ。ときどきは、父や母もそれに加わった。

 ヒカルがアキラの鼻先に指を突きつけた。大きな瞳がまっすぐにアキラの目を射る。
「…………塔矢、オマエどっかで買い食い……………」
そう言いかけたが、すぐに眉間に皺を寄せて、「………んなわけないか…」と手を下ろした。
 「ナシ!ナシ!今のナシ!忘れて…!」
早口で一気に捲し立てる。ハアハアと、激しく上下していた胸の呼吸が落ち着いた頃、
ヒカルは小さくポツリと呟いた。
「オレ…ヘンかな…?」
俯いて頬を染める様子が可愛くて愛しくて………
「じゃあ、もう一度確かめてみる?」
アキラは再びヒカルの唇に触れた。今度は先程よりずっと深く長くヒカルの水のような
唇の感触を味わった。


(37)
 暫く二人で抱き合ったまま、身動ぎしなかった。ヒカルは照れて、顔を再び伏せていた。
静かな公園の中で、二人の吐息だけが耳に届く。
 沈黙を破ったのはアキラが先だった。
「…進藤…」
呼びかけた声に腕の中のヒカルがピクリと反応した。
「………ボクの家に来る?」
顔を伏せたまま、ヒカルは小さく…だがしっかりと頷いた。

 手をつないで、駅の方へ向かう。
「電車で帰るの?」
ヒカルがアキラの顔を横から覗き込んだ。ほんのりと頬を染め、とろけそうな笑顔をアキラに
向けた。
 アキラは首を振った。だが、視線はヒカルから外さない。もう、彼に自分の気持ちを隠す必要はないのだ。
心を奪われずにはいられないこの笑顔を飽きるほど眺めていてもかまわないのだ。
「また、チカンがでると困るからね…」
「今度は離れないよ。オマエがちゃんとガードしてくれんだろ?」
「それはもちろん…でも、今日はタクシーで帰るよ。」
ヒカルはふーんと気のなさそうな返事をしたが、その耳元で、「一秒でも早く帰りたい」と囁くと
真っ赤になって「バカ」と呟いた。


(38)
 タクシーを待っている間も、それに乗り込んでからもヒカルは楽しそうに笑っていた。
彼の瞳が潤んでいるのも頬が赤いのも、酔っているせいではなく、照れているためだ。少し、
疑わしいが、本人が断固として譲らないので、そういうことにしておいた。

 「進藤、入って…」
玄関の灯りをつけて、ヒカルを招き入れた。人気のない廊下の奥を覗き込むようにして、恐る恐る
靴を脱いでいる。
「先生、今度はどのくらい向こうにいるの?」
「来週頭に帰ってくるよ。」
ふーんと呟く声が聞こえた。
だから、遠慮しないで―――――そう言いかけたとき、ヒカルがアキラのジャケットの袖を
ぐいっと引っ張った。
「寂しくネエ?」
寂しい―と、感じたことはない。両親への愛情がないわけではない。ただ、一人になることも
必要だし、今それを実行しているのだ。
 もともと、自分は一人でいても、苦にならない。人がいてもいなくても自分の日常生活には
余り関係ないように思えた。
 もっとも、これはヒカルのことを抜きにしての話だ。
「キミがいないときは寂しかったけど…」
 アキラの言葉にヒカルはくりくりとした大きな目をキョトンとさせていたが、すぐに
にっこりと笑って頷いた。


(39)
 暫く居間でお茶を飲んだり、他愛のないおしゃべりをしてすごしたが、時間が経つに連れ、
口が重くなっていく。互いの言葉に対する返事がなおざりなったり、急にソワソワしたり…
『どうしよう…すごく胸がドキドキする…』
落ち着くために、残っていたお茶を一気に呷って、ヒカルに向かって微笑んだ。
「もう一杯、お茶飲む?」
 湯飲みを取ろうとした手を彼が軽く押さえた。
「あのさ…オマエの部屋にいかない?」
よく耳を澄まさないと聞き取れないくらい小さな声。俯いている彼の紅く染まった頬が、
前髪の隙間から覗いている。緊張の余り気が付かなかったが、耳も首筋も同じくらい紅い。
添えられた手は小刻みに震えていた。それは彼が震えているためなのか、それとも自分が震えているのかアキラにはわからなかった。
 喉の奥がカサカサしている。もう一杯お茶を飲みたいと思ったが、俯いたままのヒカルの気持ちを
考えるとこれ以上ここにいるのは意味がないことだと悟った。アキラは、つばを飲み込んで、
「じゃあ…」とヒカルの手を握ったまま立ち上がった。

 「オマエの部屋にいくの初めてだ…」
「そうだね…」
北斗杯以来ヒカルはちょくちょく遊びに来たが、アキラは自分の部屋に彼をあげたことは
一度もなかった。
 彼が訪ねてくるときは必ず居間へ通し、障子も隣の部屋へと続く襖も全て開け放った。
二人きりで狭い部屋の中にいるのが息苦しかったのだ。
 金魚鉢の中の金魚のように、どこにも逃げ場がなかった。苦しくて、息ができなくて、酸素を
求めて水面に顔を出し、口を開く。どんなに広い場所にいても、ヒカルが側にいるだけで、
途端に酸素が薄くなる。ヒカルの軽い笑い声や甘い体臭がいつも心をざわめかせた。
 碁盤の前に座るとそんな気持ちは忽ち霧散してしまうのだが、それでもふと緊張が途切れたときなど、
間近にある彼の柔らかそうな唇や細い首筋につい目を奪われてしまう。
 自室の前に着いたときアキラはヒカルの手を強く握った。


(40)
 「用意するから、ちょっと待ってて。」
ヒカルを部屋の前で待たせて、自分一人で中に入った。押入の中から、布団を取りだして、
畳の上に置いた。胸がドキドキする。もしかしたら、夢を見ているのではないだろうか。
本当の自分は、今、この部屋の中で一人で眠っているのかもしれない。
―――――寂しいから…ずっと好きだったから…こんな夢を…

 「塔矢…まだ?」
後ろを振り返ると障子の陰からのぞいているヒカルと目があった。ヒカルはソワソワと
落ち着きなくアキラに呼ばれるのを待っていた。
 やっぱり、これは現実だ。アキラの口元は自然にほころんだ。入っておいでと手招きすると、
ヒカルは小走りに寄ってきて、布団の上にちょこんと正座した。アキラもヒカルに習って、
二人で向かい合うように座った。
 ヒカルは至極真面目な顔で、「お願いします」と言った。まるで、これから対局を始めるかのような
その態度にアキラもつられて「お願いします」と頭を下げた。 端から見ればすごく滑稽に
見えるだろうが、二人とも大まじめだった。
 アキラは、ヒカルの頬にそっと手を当てた。触れるか触れないかほどの微妙な位置。指の
先で軽くなぞった。
「オマエさあ、なんでそんなおっかなびっくり触るの?」
ヒカルが首を傾げて訊ねる。
 言われて初めて気が付いたように、アキラは手を引っ込めた。
「いや…あの…触ると死んじゃうんじゃないかと思って…」
「オレが?」
ヒカルが目を見開いて、自分を指さした。
「キミが。」
と、アキラは頷いた。
「何言ってンだよ…バカだな…なんでそんなこと…」
「そうだね…ヘンだね…」
とぼけてごまかした。まさか、金魚とだぶらせて見ていたとは言えない。
「ヘンなヤツ〜」
ヒカルが笑った。耳を擽るような快活な声。つられるようにアキラも笑う。
 ひとしきり二人で笑ったあと、また、沈黙が訪れた。


(41)
 「もう一度だけ訊いておくよ。」
笑いを納めて、真剣な顔を作ると、ヒカルも同じように神妙な顔つきになった。
「本当に、酔っていないんだね?」
「しつこいな…酔ってネエってば!」
「あとで酔っていたから、無効だなんて言わないね?」
「くどいぞ!」
プーッと頬をふくらませるヒカルにアキラは手を伸ばす。まず、髪に触れた。さらさらとした感触。
それから、額から頬へと指を滑らせた。さっきと同じように、最初は指先だけで…それから
両手で包み込むようにしっかりと撫でた。
 ヒカルはその間動かなかった。時折、ヒカルがアキラをまねて手を伸ばし掛けていたが、
自分に触れる直前で戸惑ったように手を下ろしてしまう。
 暫く惑いながら彷徨っていた手が、意を決したようにアキラの項に触れ、引き寄せられた。
 それを合図に、ヒカルの頬に触れていたアキラの指先がセーラー服のカラーを滑り、スカーフを
抜き取った。水のように淀みないあまりに自然なその手の動きに、ヒカルは目を見開いて驚いていた。
シュッと軽い摩擦を服に与え、ヒカルの目の前を薄羽根のようなスカーフがふわりと舞った。


(42)
 「と、塔矢!?」
目を丸くしているヒカルの口を自分のそれで塞ぐと、ヒカルの肩を押さえ、そのまま前に倒れた。
 「ン…んん……」
ヒカルが苦しげに呻いた。その瞬間を逃さずに、舌を滑り込ませる。ザラリとした感触が舌先に
あたった。それはアキラが触れた瞬間、ビクンと奥へと引っ込んだ。それがヒカルの舌なのだと感じて、
アキラは積極的に追い掛け、それを絡め取った。
 そうして、ヒカルに情熱的なキスを与えながら、手をセーラー服の中へと侵入させた。
彼の薄い胸や、ぺこんとくぼんだ腹の感触を掌で味わう。ヒカルのすべらかな肌を撫でまわしながら、
上着を徐々に引き上げていった。もう片方の手で、スカートの下に手を這わすと、ヒカルの
身体がビクンと跳ねた。

 アキラはもう夢中になっていた。腕の中のヒカルが身動ぎして逃れようとするのを無視して、
服を剥ぎ取ろうとする。
 その時、後頭部に痛みが走った。ヒカルが平手で頭をはたいたのだ。
「痛!何をするんだ!バカ!」
「バカはオマエだ!」
アキラが怒鳴るとヒカルも負けじと怒鳴り返した。その剣幕にアキラは一瞬怯んだ。さっきまで
恥じらい、躊躇いながらアキラの思いを受け入れていた彼が、突然自分を突き放したのだ。
 ヒカルはアキラを睨み付けた。
「コレ!このセーラー服、借り物なんだぞ!?破れたり、汚したりしたらどうすんだよ!」
そう言って、アキラを押しのけると自分で服を脱ぎ始めた。


(43)
 最初は茫然とヒカルを見ていたが、我に返って「待って、ボクがやる!」と、ヒカルの手首を
掴んだ。せっかくの初めての夜なのだから、自分で全てやりたい。
 ヒカルがじっと視線を合わせてきた。何かとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったようで、
アキラは俯いた。
 ヒカルは黙って上着の脇についているファスナーにかけていた手を離し、バンザイをするように
両手をあげてアキラに向き直った。どこか心細げで、頼りなげな表情。もしかして、さっきの
強気な態度は不安な気持ちの裏返しかもしれない。
 震える手でゆっくりとファスナーを引き上げていくと、ヒカルの白い肌が少しずつ露わになっていく。
アキラの手の動きに合わせて、ヒカルは身体を前に倒した。そのままセーラー服を引っ張ると、
すぽんとヒカルの身体がそこから抜けた。
 上半身裸でペタンと布団に座っているヒカルは、普段以上に幼く見えた。
「バーカ…ジロジロ見るな。」
ヒカルはアキラの視線から身体を隠そうと、後ろを向いた。その背中は白くて、滑らかで
唇を押しつけたい衝動に駆られた。
 「進藤…スカートも…」
上擦った声で促すと、ヒカルは怖ず怖ずと振り返り、膝立ちになった。


(44)
 アキラはヒカルの細い腰に引っかかっているスカートのホックを外し、ファスナーに手をかけた。
ジーッ―――ファスナーをおろす音。それに合わせて心臓がバクバクと音を立てて、アキラの
頭の中に響く。緊張して手が震えて、最後までファスナーをおろしきったときアキラは安堵の
息さえ吐いた。
 アキラがそこから手を離すと同時に、ストンとスカートが落ちた。ヒカルは今や下着一枚の
あられもない姿で…ドキドキしながら視線を下げて、アキラは「あれ?」と目を瞬かせた。
 身体が震える。堪えようとしても堪えられない。耐えきれずにとうとう吹き出した。
「何だよ!笑うな!」
「だって…キミ…そのパンツ…」
アキラは息を止めて、こみ上げる笑いを何とか止めようとした。
「こうしないとスカートからはみ出しちゃうんだから、しょうがねえだろ!」
 ヒカルはトランクスの裾を折り曲げて、安全ピンで留めていたのだ。
「…でも…アハハ…ああ…おかしい…」
「もう…バカ!笑うなったら!」
 緊張も何もかも吹き飛んでしまった。さっきまですごく厳かな儀式を執り行っていたような
気がしていたのに…身体の力が一瞬で抜けた。
「もう知らねえ!オマエとはしねえ…やめる!」
と、手近にあった枕を投げつけられた。
「痛…!ゴメン…ゴメンってば…!」
「うるさい…バカ!」
すっかりへそを曲げてしまったヒカルをギュッと抱きしめた。
「好きだよ…ボク…キミのことがすごく好きだ…」
「じゃあ、もう笑うなよ?」
ヒカルはアキラの首に腕をまわした。間近にある彼のふくれっ面。アキラはにっこり笑うと、
返事の代わりにそのふくれた頬にキスをした。


(45)
 もう一度ヒカルを布団の上にそっと横たわらせた。そして、裸で震えているヒカルの前で、
自分も服を脱いだ。ズボンも下着も、全て脱ぎ捨てヒカルの上に再び覆い被さった。
 ヒカルの腕がアキラの首にまわった。両手でギュッと抱きしめてくる。そうやって、
しがみついたまま、彼は不安そうに瞳を揺らせた。
「なあ…オレ、したことないんだ…どうしたらいい?」
どうしたらいいと訊かれても………
「オマエ、どう?したことある?」
嘘を言っても仕方がないし、どうせすぐにバレるので、アキラは正直に「ない」と、答えた。
「じゃあ、どうするんだよ?」
 心細げな声に身体が震えた。どうするかなんて、自分にもわからない。ただ、身体の奥から
突き上げてくるような熱さが、その答えだと思った。
 「なあってばぁ…」
ヒカルは軽くアキラを揺すった。駄々をこねるように、何度も何度も身体を揺さぶる。
「甘えてるの?赤ちゃんみたいだ…」
「だって…」
オマエは怖くないの?と、ヒカルはアキラを見つめる。
「うん…怖い…キミと同じ…」
その瞬間、ヒカルは安心したかのように、全身の力を抜いた。項にかけられていた腕がするりと
肩を滑って、布団の上にぱたりと落ちた。


(46)
 好きなようにしてもかまわないというヒカルの意思表示。アキラは、まず、ヒカルの髪に触れた。
生え際を優しく何度も梳いて、髪を一房捩って弄ぶ。
「…塔矢…キスして…それから…さわって…」
「……いろんなトコ…いっぱい…さわって……」
吐息のような甘い囁き。
 望まれるままキスを与えて、首筋や胸に触れた。するとヒカルも同じように、アキラの首や
胸に手を這わせる。
「オレもさわる…いっぱいさわる…塔矢の身体全部…オマエとおんなじように…」
「じゃあ、キミが触って欲しいところ教えて?」
ヒカルは、首を傾げてアキラの二の腕に触れた。
「ここ?」
アキラがヒカルの腕に触れる。
「ちがう…」
「?」
そこは触れて欲しいところではないと、ヒカルは首を振った。触って欲しいところではなく…
「オレがさわりたいところ………」
ヒカルはヒカルの触りたいところを触るから、アキラも好きなトコロに触れと言う。


(47)
 ヒカルはアキラの髪に手を差し込み、さらさらと梳いた。彼がそうやって自分の髪を弄んでいる間、
アキラはヒカルの首筋に軽く口づけた。ヒカルの身体が小さく揺らぐ。
 そのまま唇を滑らせ、鎖骨の辺りで一旦止まる。ソコに強く吸い付いた。
「あ…」
ヒカルの白い肌に、紅い模様が浮かび上がる。鎖骨の窪みに小さな赤い斑点。
「ここにも金魚が泳いでるね…」
「………ん…なに…?」
目元を薄紅色に染め、自分を見上げるヒカルに「なんでもない」と、微笑んだ。
 それから胸や腹にも小さな点を残していく。アキラは、金魚を泳がせることに夢中になった。
 ヒカルの肌の上を泳ぐ金魚は徐々に増えていく。そうして、それにつれ、ヒカルの呼吸も
荒くなっていく。
「あ…あ…やだぁ…」
ヒカルは堪えきれないように、アキラの頭をかき抱いた。
 アキラの鼻先に、ヒカルの小さな乳首があたる。少し顔を持ち上げて、舌を伸ばしてそっと舐めた。
「や…」
腕の中でビクンと跳ねた身体の感触が、鉢から飛び出したアキラの金魚のイメージに重なった。
「ダメ…逃げちゃダメだよ…!」
ギュッと強く抱きしめて、もう一度胸に唇を押しつけた。



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