平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 34


(34)
「水が飲みたいからこの鳥はいつも、川や湖の近くにいるのだそうですよ。でも、
 いざ喉を潤そうと水を飲もうとすると、水の中に恐ろしい炎が燃えているの
 です。それは鳥自身の姿なのですが、赤翡翠はそれが怖くて、水に口を付けられ
 ないのだということです」
今朝、顔を洗ったときに心をよぎった昔話。遠い昔に母から聞いたその話を、
自分はいつのまにか他の伝承や物語とまぜて、物の怪か何かの話だと思って
いたのだ。
「喉が渇いているのに水が飲めないから、この鳥はいつも水辺で水が欲しいと
 鳴いている。時には山の神様が哀れに思って、鳥のために雨を降らしてくれ
 るのだとか」
この鳥が鳴くと雨が降る、と昔から言われているのはその為だ。
「だから赤翡翠は、水乞い鳥とか、水恋鳥とも呼ばれているのですよ」
「ふぅん」とヒカルはどこか、気のないそぶりで佐為の話を聞いていた。
目で鳥の姿を追いかけるのに懸命なのだろう。
赤翡翠の姿が林の奥の暗闇に消えるまで眺めて満足してから、ヒカルは庵の
方へ帰るために歩き始める。
「いいもん、見たなぁ」
と上機嫌だ。そのヒカルの背を追って歩きながら、佐為はいつのまにか深い
思索の海に沈んでいた。
昔から、興味があること以外には冷めていると言われてきた。そのかわり
一度のめり込んだら果てがない自身の妄執の恐ろしさ、醜さは自分が一番
よく知っている。



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