うたかた 34
(34)
ヒカルの柔らかい髪に顔を埋めると、甘い香りがした。発育途中の薄い肩は、抱く手に力を込めると壊れてしまいそうで少し怖い。
どうしてだろう。さっきから、やけに自分の鼓動が大きく聞こえる。
「…進藤?」
囁くように呼ぶとヒカルは目を瞑り、もうちょっとだけ、と冴木の胸に頬をすり寄せてきた。
(……困ったな。)
身体の一点に熱が集まってくるこの欲望の感覚は、よく知っている。しかし、その対象がヒカルだということに困惑してしまう。自分は一度だって、ヒカルをそんな目で見たことはなかった。
けれど、後ろめたい気持ちとは裏腹に、ヒカルの肩を抱くその手にはしっかり力が入ったままだ。
(『アイツ』って誰だろう。失恋でもしたのか?じゃあそいつのこと忘れさせるためにも押し倒しちゃおうかな。ほら、据え膳食わぬは男の恥って言うし。抱きついてくるって事は進藤も少しくらい、そうなってもいいやって思ってる可能性も否めないわけで)
都合の良い方向に展開してゆく思考を遮って、冴木のケータイが鳴った。ヒカルがゆっくり体を離すのに心の中で舌打ちして、通話ボタンを押す。付き合って1年になる恋人からだった。
『光二?約束の時間とっくに過ぎてるわよ。今どこにいるの?』
腕時計を見ると、9時を回っていた。恋人との約束をすっかり忘れていたことなんて、今まで無かったと言ってもいいくらいなのに。
(────オレとしたことが…。)
「ごめん、由香里。ちょっと色々あって。」
電話の向こうで小さな溜息が聞こえる。
「…今すぐ行くよ。」
隣でヒカルが少し悲しげな表情をした。
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