トーヤアキラの一日 34 - 35
(34)
ヒカルの強い口調に手の動きを止めたアキラは、ヒカルから顔を離して下を向き、荒く
なった呼吸を必死で整えようとしていた。ジッパーに当てられていた右手と、背中に
回されていた左手は、ほぼ同時に体から離れてヒカルの頭を挟む形で大きな木に当て
られた。一度高温になった溶鉱炉の火が中々消えないように、一度エンジンのかかった
欲望を抑える事は難しく、アキラは顔をしかめて必死で何かに耐えているようだった。
「ごめん・・・・・」
暫くして顔を上げたアキラは、そう言いながら心配そうにヒカルを見る。
ヒカルは顔を上気させて、放心状態で呼吸を整えていたが、ゆっくりアキラを見ると
小さな声で囁くように言った。
「二人っ・・・になりたい・・・」
良く聞こえなかったアキラは耳をヒカルの口に近づけて問う。
「えっ?」
「トーヤぁ、二人っきりになりたい・・・・ここじゃいやだよ」
てっきり行為そのものを拒否されたと思っていたアキラは、驚きで大きく目を見開いて
ヒカルを見る。その潤んだ瞳から、ヒカルが行為の続きを要求している事が分かり、
一度鎮まりかけていた欲望が再びアキラを支配して、ヒカルを強く抱き締めた。
頭に血が上って、思考がまとまらなくて、二人だけになるにはどうしたら良いのか
すぐには分からないでいると、ヒカルがアキラに体を預けながら、耳元で言う。
「お前の家はダメかな・・・・」
「?!!・・・うん、そうだね。ボクの家に行こうか。いい?」
「うん・・・・」
アキラは体を離して、ヒカルの顔をもう一度見ると、ヒカルは潤んだ瞳をアキラに向けて
照れたように微笑んだ。
(35)
自分の家が見えてきて、これ程落ち着かない気持ちになった事はアキラには無かった。
見慣れた自分の家の門が、今迄とは違って見えるのは何故だろう。
アキラは、玄関の鍵を開けると、戸を開けて先に中に入った。玄関と廊下の電気を点けて、
入り口でボーッと立っているヒカルに声をかける。
「入って、進藤」
「・・・あ、うん。」
ヒカルは小声で返事をしながら玄関に入って、三和土につっ立っていた。
アキラは戸を閉めて鍵を掛けると、サッサと靴を脱ぎ、黙ってヒカルの腕を引っ張って、
上がるように促した。ヒカルは慌てて靴を脱いで、アキラに腕を引かれて歩き出す。
アキラはヒカルの腕を持ったまま、廊下の一番奥にある自分の部屋に向かって歩いていた。
いつもなら一人で通るこの底冷えのする廊下を、今ヒカルと一緒に歩いている事が
不思議だった。廊下から見える中庭の景色も全然違う物に感じられた。毎日見慣れた
景色なのに、初めて見るような気がするのはなぜだろう。
公園から家に着くまでは、碁の話をしながら気を紛らわせていたが、家の中に入った
瞬間から、身体と気持ちは公園の時間に戻っていた。
───進藤を早く抱き締めて、何もかも味わいたい。どんな顔をするのか、どんな声を
出すのか、どんな顔で喘ぐのか・・・。ボクの手でキミをイカせたい。
アキラは部屋の障子を開けると、ヒカルの腕を引いて中に入った。障子を閉めると、
いきなり何も言わずにヒカルを強く抱き締めて、激しく唇を捉える。思い切り舌を
進入させると、唾液を次々に送り込んだ。ヒカルはそれを喉を鳴らして飲み込む。
次にアキラは、唇を重ねたまま、自分のコートとスーツの上着を一緒に脱ぎ捨てて、
ネクタイを荒々しく取り去った。ヒカルも自分のコートとバッグを同時に横に放り投げ、
強く抱き締め合って全身を密着させる。
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