無題 第2部 35
(35)
なぜ?
なぜ、涙が流れ出るのか。
わからない。
「愛している」と告げるその言葉が、自分の欲しかったものなのか、そうでないのか。
欲しかったのはこの人の身体だったのかそれとも心だったのか。
喉の奥から発せられるこの声は悲鳴なのか、悦びなのか。
身体の中心を揺さぶる律動に合わせて、背を走り身体を震わせるのは戦慄なのか歓喜なのか。
わからない。わからない。わからない。
なぜ、と問いかけても帰ってくるのは答ではなく混乱ばかりで。
苦痛の奥には歓喜が、悦楽の裏には嫌悪と絶望が潜んでいて、自分の求めているものが
一体何だったのかももはや見えなくなり、嵐の海に放り込まれたように、精神も肉体も、
なす術も無く荒波に翻弄される。
それならば、頼るべき一片の木片すらも無くこのまま弄られ続けるくらいならば、いっそ波に
飲み込まれて海の底の闇に沈んでしまえばいい。
なぜ、などという無益な問いは放棄してしまえばいい。
そうして望み通り、身体を揺さぶる悦楽の波は彼を捕らえ、もはや思考も疑問も全ては脳の奥
でスパークする白い閃光にかき消される。
そして突き上げる一段と高い波が彼を捕らえるとそのまま絶頂へと押し上げ、その頂点で、
アキラの身体は砕け散る白い波しぶきと共に何も無い空間へと放り出された。
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