平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 35
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時に思うことがあるのだ。自分はこの妄執が元で、いつか身を滅ぼすかも
しれないと。
以前、勝ってはいけない帝との対局に、手を緩める事ができず、勝ってしまっ
たときのように。
好きな事に関して、妥協をゆるせないこの性格が故に。
宮中でまた、あの時のように、その性分ゆえに自身の身を政治的な危険に
晒すことがあるかも知れない。あるいは、流罪や死罪などということも。
その時、自分はヒカルをどうするつもりだろう。
囲碁は自分にとって血肉のようなものだ。切り離して考えることはできない。
だが、ヒカルの存在にも固執している自分がいる。
もし、死罪などと命じられたら、碁も捨てられず、ヒカルも捨てられない自分は、
黄泉路まで彼を一緒に連れて行き共に滅ぶことを望んでしまうのではない
だろうか。
いや、それはしてはいけない。
もしその時が来たら、自分の醜い我侭でこの腕に捕らえてしまったこの鳥を、
きちんと空に返してやらねば。
本来いるべき場所に帰らせるために。
ヒカルの手を放してやること。それが自分がヒカルにしてやれる、最後のこと
なのだ。
そこまで考えて、佐為はさすがに自嘲した。
これでは、またヒカルに「早く年取るぞ」と笑われてしまう。
――今日明日、死んでしまうわけでもあるまいに。
日も傾き、鳥達もねぐらに帰り始める頃、二人は荷物をまとめて馬に括り付けた。
明日からは、また仕事だ。ヒカルは検非違使の。佐為は囲碁指南の。とは言っても、
ヒカルの務めは佐為の警護なわけだから、結局ふたりはまた朝から顔をつきあわす
ことになるのだが。
馬の背にまたがったヒカルが腰を押さえて少し顔をゆがめた。
「大丈夫ですか?」
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