失着点・龍界編 35
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ビルの一室で男達に拘束された時、アキラは罠に落ちたと瞬時に理解した。
身代金目的の誘拐の類いではないことはすぐにわかった。
「…たぶん、進藤君も、すぐに来ます。」
沢淵のその言葉を聞かされたからだった。
ヒカルの携帯がなぜ彼等の手に渡ったのか、詳しくは話されなかった。
ただ、その時、ヒカルが彼等に何をされたかは想像に難くなかった。
今思えば病院でのヒカルの様子が少しおかしかった。ただそれは
交通事故に遭ったショックからだと思っていた。
「とりあえず、ぜひ一度私と打って下さい。」
沢淵は比較的丁寧にアキラにその頼みごとをして来た。
答に選択の余地が無い事は男達の雰囲気でわかった。
彼等が意外に思う程にアキラはその頼みごとを受け、大人しく従い、
この場所まで来た。
アキラの瞳は、拉致される恐怖におののくと言うより、さながら
ヒカルに某かの手を出した連中に対峙するという決意の意志を秘めていた。
「…ボクが勝てばボクを直ちに解放し、ヒカルにも手を出さないと
約束してくれますか。」
沢淵は嬉しそうに頷く。
「もちろんそのつもりです。ただ、私が勝った場合は…」
マンションの和室に正座し、見張り以外の男達を払って沢淵は言葉を続けた。
「…一晩だけ、私と過ごしていただけますか、塔矢アキラ先生。」
その言葉が意味するところをアキラは理解していた。
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