裏失楽園 35 - 36
(35)
進藤と緒方さんがいる寝室の前で立ち止まり、ボクは今更のように迷っていた。
2人が抱き合う姿を見て、そして……ボクは何をする?
ボクは進藤を助けようと思っていた。進藤は――ボクが言えた義理ではないが、明るい太陽が似合う。
彼にはまっすぐ日向を歩いていってほしいのだ。
触れるとひんやりと冷たいドアノブを下ろし、寝室のドアを少しだけ開ける。
ほんの少しの隙間からは、予想していた進藤の微かな声も、湿った空気の澱みも、あの独特な匂いも
感じられなかった。
「………?」
ボクは更にドアを開き、やがて視界に飛び込んできたボクの知らないベッドの存在に息を呑んだ。
見たこともないような大きさのベッドが、部屋の真ん中で存在を主張している。
「ああ、シャワー済んだのか。オレのだからデカイだろう? すまんがそれで我慢しててくれ」
ドアの死角にいたのだろう、聞きなれた緒方さんの声が近付いてきた。ボクはどうすることもできず、
ドアノブをぎゅっと掴んで身体を縮こませることしかできない。
「…………」
「進藤? 遠慮せず入ってきたらどうだ」
ぐいと強い力でドアが引かれ、ボクの身体はあっさりと彼の前に曝された。
緒方さんの切れ長の目が、驚いたように見開かれる。
「アキラくん――」
(36)
「どうしてここに…」
緒方さんの形の良い眉が、つと顰められる。色素の薄い彼の瞳に、ここへ来たことを咎められ
ているような気がして、ボクは俯いた。
週に一度は専門の業者が入り、ピカピカに磨き上げられたの焦茶色のフローリング。いくつもの
ライトに照らされて、床に落ちたボクと彼の影が鮮やかに揺れている。
「来てはいけませんでしたか?」
「そんなことはないが……驚いただけだよ」
緒方さんは微笑みを浮かべ、ボクの肩を抱き寝室の中に促す。それはボクをベッドへ誘うときの
仕草に似ていて、一瞬錯覚しそうになる。
少しずつ広がる視界に入ってくるのは、部屋の半分以上を占める大きなベッドと、見慣れない不思
議な色のベッドカバーだった。彼のネクタイが無造作に放り投げてある。
――あのベッドは、ボクの知らないベッドだ。その上に、他の誰かが――、進藤が横たわったかも
しれない。
緒方さんの神経質な細い指が、進藤の小麦色の肌の上を這ったかもしれない。
そのどちらもを知っているからか、ビジョンが素早く脳裏に浮かぶ。全身が粟立ち、ボクは彼の手を
避けるように離れた。
「進藤が…来ていますよね」
床に視線を投げたまま問い掛けると、しばらくしてそのことを肯定する低い応えがあった。
「どうして………?」
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