平安幻想異聞録-異聞- 35 - 36


(35)
「ヒカル」
佐為の声が耳をくすぐった。
頂点の一歩手前まで上り詰め、体がふわりと浮くような感覚に、
ヒカルは何か現実感のあるものが欲しくて、自分の足を佐為の足にからめた。
なんだか、体中の感覚がおぼつかない。
(イイ…、イイよぉ…、佐為)
それを佐為に伝えたくて、ぎゅっと、その首に手をまわして、
すがりつくように抱きしめる。
それに答えて、佐為が、そっと鎖骨に口付けし、唇で胸をたどり、
ヒカルの胸のまだ薄い色の突起を口に含んだ。
その行為が、ヒカルに頂点への最後の階段を上らせた。
「んんっ、んんっ、ん……!」
思わず上がりそうになる高い声を飲み込もうと、ヒカルは、
口に含んだ布を強く噛みしめて、その顔を強く布団に押し付ける。
その顎をそっと、佐為がつまんで上を向かせる。思わず噛んでいた布が口から外れ、
外にもれそうになった声を、佐為がその唇で塞いで飲み込んだ。
口付けは、これ以上ないほど甘い味がした。
ヒカルは、やんわりと自分の熱の中心を刺激してくるその佐為の
手の中に、自分自身の白い物を放つ。
佐為の腕が包むように震えるヒカルの背中を抱き寄せた。
恍惚とした多幸感の中、少し遅れて、ヒカルも自分の中が佐為の放った物で
熱く濡れるのを感じた。


(36)
秘め事を終えたあとの部屋は、一時の熱気が去り、不思議な静けさに
つつまれていた。
ヒカルは佐為の胸に顔をうずめてまどろんでいる。
佐為は、そのヒカルの体のあちこちにまだ残る、数日前の暴行のあとを
指でゆっくりたどっていた。
ヒカルの体が、情事の名残だけではない熱さをもっていた。
熱がぶりかえしたのかもしれない。
まだ、傷も癒えぬうちに無理をさせてしまったのではないか?
そんな心配をしながら、指をヒカルの下半身にもすべらせる。
股の内側のひときわ長い切り傷が熱を持ってミミズ腫れのようになっていた。
太ももを手が這う感覚にヒカルが小さくうめいて目を開けた。
「すいません。イヤでしたか?」
「ん〜〜、平気」
そう言って、ヒカルはギュッと佐為に抱きつく。
その声は、情事のなごりで少しかすれていた。
ヒカルが、自分の胸に顔をうずめたまま、ぶつぶつと何かつぶやくのを
耳にして、佐為は何かと問いかけた。
「んー、いい匂いだなぁと思って」
「匂い?」
「うん、佐為って、こういう事した後なのに、あんま汗の匂いってしないのなぁ。
 いい匂いがする。何?この匂い」
「あぁ、着物に香を焚きしめてありましたから、その移り香でしょう。
 菊の香りですよ」
「菊?」
「えぇ、もう菊の花が咲き始める季節ですからね」
「へぇ〜〜、菊かぁ」
「そうです。季節ごとに焚きしめる香の種類を変えるのですよ」
「ふうん、でも、オレ、この匂い好き。おまえ、ずっとこの香にしろよ」
「そういうわけには…」
「だめ。オレ、これがいい」
そういうなり、腕の中、寝息を立て始めてしまったヒカルに、
佐為は苦笑するしかなかった。


           ――藤原佐為が、翌年の花見の会にも、季節外れな菊の香をまとって現れ、
           参列する貴族たちにけげんな顔をされるのは、また少し別の話になる。



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