金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 35 - 36


(35)
 初めてのキスは何の味もしなかった。よく言うようなレモンの味もミントの味もしなかった。
強いて言うなら、水の味がしたような気がする。
 ゆっくりと唇を離して、ヒカルの顔を正面から見つめた。大きな瞳が同じように、アキラを
見つめていた。
「…………ビールの味した?」
「しなかった………」
「じゃあ、何の味がした?」
「何も………」
ヒカルが不思議そうな顔をした。
「オレはしたよ?」
「どんな?」
「甘かった…」
それだけでは足りないと思ったのか、彼は少し考え込むように唇に手を添え、続く言葉を探していた。
「…えっと、アイスクリームみたいな味がした…」


(36)
―――――キミどこで見てたの?
アキラは眩暈を起こしそうな気分だった。もしかしたら、ヒカルは本当にあの金魚かもしれない。
そんなあるはずもないことを思いついて、ますます頭がクラクラして倒れてしまいそうだ。

 ペットショップをガラス越しに覗きながら、母と二人で毎日食べたアイスクリームの味を
思い出した。アキラはいつもバニラを食べた。母はその日の気分で、いろいろためしてみるのが
楽しかったらしい。買い物帰りの小さな幸せ。
 それから暫くして、その相手は小さな赤い花に変わった。金魚には小さな顆粒状の餌を与え、
自分はその前に座って、甘い甘い氷菓子を口に運んだ。ときどきは、父や母もそれに加わった。

 ヒカルがアキラの鼻先に指を突きつけた。大きな瞳がまっすぐにアキラの目を射る。
「…………塔矢、オマエどっかで買い食い……………」
そう言いかけたが、すぐに眉間に皺を寄せて、「………んなわけないか…」と手を下ろした。
 「ナシ!ナシ!今のナシ!忘れて…!」
早口で一気に捲し立てる。ハアハアと、激しく上下していた胸の呼吸が落ち着いた頃、
ヒカルは小さくポツリと呟いた。
「オレ…ヘンかな…?」
俯いて頬を染める様子が可愛くて愛しくて………
「じゃあ、もう一度確かめてみる?」
アキラは再びヒカルの唇に触れた。今度は先程よりずっと深く長くヒカルの水のような
唇の感触を味わった。



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