Shangri-La第2章 35 - 37


(35)
ヒカルからの電話は、研究会が早めに終わったとかで
アキラが考えていたより早くにあった。
しかも、今日の夕方のバイトがキャンセルになったから
今から遊びに来たいという。
心の中に溜まっていたいろんなもやもやが、
ヒカルのその一言で、一瞬にしてどこかへ霧散していった。
舞い上がりすぎて、歓迎する言葉がまともに繋がらないのと
荒れた喉で話す事に多少難儀したことで
ヒカルに心配させてしまったようで悪く思ったものの
久しぶりに持てる二人だけの時間が嬉しくて、嬉しすぎて
心がふわふわ済みきった空へと飛んでいってしまいそうだ。

電話を切ったアキラは、家中の窓を開け放して
篭った空気を入れ替えた。
そしてヒカルに対するほんの少しの後ろめたさから、軽く湯を浴びた。


(36)
ヒカルが塔矢邸に着いたのは夕刻で、アキラは満面の笑顔でヒカルを出迎えた。
ヒカルが靴を脱ぐと、アキラは部屋までヒカルの手を引いて
その様子にヒカルは薄く笑い、部屋にしつらえた座椅子に座った。
「進藤、何か飲む?お茶、コーヒー、紅茶…
 あと、お土産でもらった中国茶もあるけど?」
「あ、うーん、…お茶!」
答えながら顔を上げると、アキラの机の上いっぱいに並べられた
茶器の類が目に入った。
アキラはお茶の入った二つのカップを乗せた盆をヒカルの脇に置くと
ヒカルの脚を跨いで膝を折り、向かい合わせにその腿の上に
体重をかけないよう腰を下ろした。
ヒカルがカップを取り、口を付ける仕種を、アキラは
自分もカップを取りながら見つめた。
久しぶりの光景、そして何より久しぶりの近さが嬉しい。
アキラはカップを置くと、ヒカルがカップを置くのを待って
その首に抱きついた。ヒカルの頬に自分の頬を擦り寄せると、
ヒカルの腕がアキラの肩を抱き締め、頬が頬で押し返された。


(37)
「ん………」
まだ髭の生えていないヒカルの頬は柔らかく
弾力があり滑らかで、その感触がアキラを幸せにした。
暫く二人で頬擦りしあってから、アキラはヒカルの頬に口付けた。
頬骨から目元へ、こめかみからフェイスラインをなぞって顎先へ、
さらに顔の反対側へ――ヒカルの華奢な骨格を唇で確かめる。
鼻先へ、ちゅっと音を立てた軽いキスの後、
アキラの動きがふっと止まった。
目を閉じて身を任せていたヒカルが、その静寂に耐えられず
そっと瞼を少しだけあけると、アキラの顔は
鼻先でキスしたままの場所に留まったままだった。
ヒカルはアキラの頭に手を添え、軽くこちらに押しやると
その唇に、ぱくりと食いついた。
アキラの唇は、柔らかくヒカルを迎えた。
少し離れてはまた、どちらからともなく求めて
お互いに何度も小鳥のように唇をついばみあった。
「塔矢……、する?」
何度目かに唇が離れた時、ヒカルが囁いた。
どれだけしても深くならないキスも、
抱きつきはしてもそれ以上求めない手も、
アキラが今、これ以上を望まないと言っているのだとは思うが―――



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