パッチワーク 2013年 芦原
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芦原 2013
娘のゆかりとオセロをしていると電話が鳴り妻がでた。
「あら、アキラくん」
妻の声が明るい。
先日退院し箱根の先生宅で療養を続けているアキラからの電話だったらしい。
娘とのオセロは最初は八子おいていたが、五回連続で勝てば一子ずつ減らしてゆく
約束で今日から三子になった。
娘は一つ空いている隅を取ることに集中して全体を見ることができずこちらの大勝だった。
二局目が終わったところで妻が
「アキラ君の彼女じゃないの。今度紹介してね。」
と言って受話器を置いた。
「訊かなかったの」と妻に尋ねると「明日対局があるって言うんだもの」
とソファに座りクッションを抱き潰しながら応えた。
拗ねている。アキラに聞きたいことがあったのを我慢したせいだろう。
ちょっと、かわいい。
「じゃあ、明日対局のあとで訊いてみるよ」
十連勝で五子から三子まで減らしたのに二連敗になりふくれっ面の娘が
また石を並べはじめた。三連敗になったら口を利いてくれなくなりそうなので
「なんで上手くゆかなかったのか「検討」をしようか。」と娘に言った。
自分の娘に「天使ちゃん」なんて呼びかける緒方さんほど親ばかではないつもりだが
オセロのせいで娘が口を利いてくれなくなるのは辛い。
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妻が気にしているのはアキラが入院している間の費用を払い、服などを用意していた女性が
妊娠していたからだった。
アキラの住むマンションの管理会社から碁会所にアキラが救急車で運ばれたと連絡が入ったのは
アキラの住むマンションのオーナーでアキラの母親である明子夫人が先生と一緒に海外に
いることが多いので緊急連絡先を碁会所にしていたからだ。
夫人は箱根のマンションに滞在中だったが先生が自宅安静中の今、詳しいことが
わからないまま取り乱した連絡をして夫人に心労が重なることを懸念した。
管理会社からの連絡で運ばれた病院に妻が向かったが家族ではないからと面会が許されなかった。
新宿御苑のマンションから近くの病院ではなく北区のそれも拒食症の専門外来がある病院に
運ばれたのも不思議だったが運んでくれた消防署に妻がお礼の品をもっていって訊いたところだと
同乗していた進藤君が病院に直接頼んで病室を確保したとのことだった。
連絡をもらって妻が病院に駆けつけたときには入院に必要な物も進藤君が救急車に
乗ったときに既に用意していたし、何日か分の費用も既に病院に支払われていた。
その後、アキラが意識を取り戻し面会できるようになったがひどくやつれていて驚いた。
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三星杯から帰国したあと昔に戻ったように神経質になっていたのは感じていたが先生も療養が
必要とはいえ命に別状はなかったのでさほど重大には考えていなかった。研究会は緒方さんが
引き継いだ形になっているからかアキラはいつの間にか参加しなくなり、緒方さんも先生の
碁会所には出入りしなくなった。自分はどちらにも参加していたが先生が日本にいらした頃に
比べるとアキラに会う回数は格段に少なくなっていて気が付いていなかった。妻は碁会所で
あっているにも関わらず気づかずにいた自分を責めていた。妻が会計を払おうとしても会計カードは
既にご家族にお渡ししてありますからと断られ。汚れ物も家族でないからと持ち帰りを断られ、
面会も診療の妨げになるからの制限され、妻にできたことは見舞いの品を持って行くことくらい
だったがそれも禁止事項が多く着替えくらいしか用意できなかった。でも着替えもわからない誰か
が必要な分を用意している状態だった。妻はとうとう仕事が休みの日に病院のナースステーションに
張り込みに行き、アキラの汚れ物を受け取ったのが髪が長くて細身で妊娠している女性なのを
つきとめた。アキラの彼女かもしれないと考え、アキラに彼女がいたこと、その彼女が
妊娠していたこと、アキラが自分に彼女を紹介してくれなかったことに妻はショックを
受けていた。
対局室前でアキラを捕まえた。
「ちょっと、訊きたいことがあるから対局のあと待っていてくれないか」
「どうしたんです、芦原さん。怖い顔して。いいですよ。」
横を通ろうとした人が肩に触れてバランスを崩してしまった。
あわてて体を支えようとしたが「軽い」。
「すみません。」声がいつもと違うが進藤君だった、彼もアキラと同じほどやつれていた。
アキラはショックを受けたように進藤君を見つめていた。
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自分の対局が終わってすでに対局の終わっていたアキラを捜したが見つからなかった。
出版部の前で白川先生と福井君、岡君が話していたのでアキラを見なかったか尋ねたところ。
岡君が「塔矢さんなら進藤さんと一緒に帰られましたよ。進藤さんのこと藤崎先生が向かえに
来ていたから三人で。」「藤崎先生?」名前に覚えがない女流の若手?
「藤崎先生は保育士さんです。僕が普及で行っている保育園の。産休でお休みしているって
聞いていたんですけど、おなかが大きくなってからお会いしたの初めてなのでびっくりしました。」
おなかが大きい?あっ、例の彼女だ「アキラの知り合いなのかな?」
白川さんが「藤崎さんなら進藤君の彼女ですよ。高校の頃から進藤君の家に下宿していて。
いま、進藤君のご両親、転勤で仙台にいらっしゃるから東京の家で二人で暮らしてるって
聞きましたけど。彼女も僕の教え子なんですよ。でも、おめでたなのは知らなかった。」
進藤君の彼女?
「ありがとうございます」
進藤君の彼女ね、考えても見なかった。
早く妻に報告しなきゃ。
家に急いで帰ると妻が待っていて第一声は「わかったのよ。進藤君の彼女だったのよ」
「何で知ってるの」思わず情けない声で言ってしまった。
スーパーで例の彼女を見かけて声を掛けようとしたら向こうから娘に声を掛けてきて
保育園で娘の隣のクラスの先生でそこに北島さんの息子さんのお嫁さんが声を掛けてきて
「芦原ゆかりの母」=「碁会所の市河さん」と知ってむこうから
「いつもヒカルがお世話になっています」と言ってきたので
きいてみたら進藤君に頼まれてアキラの世話をしていて、
あの病院は進藤君の親戚だったというのもわかった。
進藤君も入院するほどでないけれど体調を崩していたんだそうだ。
棋院で見かけたやつれた進藤君を思いだした。
これで謎は解けたし妻のご機嫌は治ったし万々歳だ。
パッチワーク 芦原 2013 了
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