誘惑 第三部 36
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「進藤、」
ベッドを離れかけたヒカルを引き止めるようにアキラが声をかけた。
「どこにも行かない?ボクが寝ている間にどこかにいってしまったりしない?」
急に声の調子が変わって、思わずヒカルはアキラに振り向いた。
「だって目が覚めてまた一人だったら、昨日の事も今日の事も夢だったんじゃないかと思ってしまう。」
こいつはわざとやってるんだろうか。無意識だったら相当だ。
さっきまでオレをからかってふざけてたくせに、急にこんな風に、縋りつくみたいに見て、オレが守って
やらなきゃいけないみたいに思わせるなんて、ずるい。卑怯だ。反則だ。
「行かないから…!」
そしてアキラから目をそらして、身体を無理矢理寝かしつけ、乱暴に布団をかけた。
「どこにも行かないから、ずっとついててやるから、だからさっさと寝ろ。寝てくれ!」
「ありがとう。」
言われてつい、その顔を見てしまって、ヒカルはまた真っ赤になった。
頼むから、そんなに優しく笑わないでくれ。襲いたくなっちまうじゃねぇか。大人しく寝ててくれよ。
「バカ、」
照れ隠しにそう言っておでこをピンと弾いて、ベッドを離れた。
何か時間つぶしでも、と思って本棚を物色していたヒカルの背中にアキラがもう一度声をかけた。
「でもね、進藤。子供は残せなくても、キミとボクとで残せるものがあるんだよ。」
それが何かは聞かなくてもわかった。
だから、「わかってるよ。」と、おざなりに答えた。
わかったからさっさと寝ろ。ちゃんと休んで、身体を元に戻せ。
でなきゃ、体調万全でなかったら、残せるような棋譜なんて、作れるはずがないだろう?
そして二度とオレに体力負けで負けたような棋譜なんか見せるな。馬鹿野郎。
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