失着点・龍界編 36 - 37
(36)
アキラは全神経を研ぎすまし対局に臨んだ。
数手目で強い、とアキラは思った。沢淵の実力的に7〜8段に匹敵すると
思えた。相手はプロではないとはいえ、気を引き締めてかかる。
絶対負ける訳にはいかない。そんなアキラとは対照的に
沢淵は心からアキラとの対局を楽しんでいるようだった。
「進藤くんが塔矢アキラとお知り合いとはね。とんだ拾い物をした…。
私はずっと、君のお父上のファンでね…。いや、緒方先生やプロとなられる
方はみな美しい対局をされる。何方も全て尊敬しています。」
対局中嘗めるように見つめる沢淵の視線がアキラの体中にまとわリつく。
「それにしても、中でも特にあなたは美しい…。そして、お強い。」
アキラの打つ一手一手に頷き感心しながら沢淵は独り言のように話し続ける。
「世の中には、龍を宿すものが居ます。瞳のなかに…、あなたのように。」
沢淵はアキラの顔を覗き込む。臆せず、アキラは睨み返す。
「そして他人の龍は見えても自身に龍が居ない者、龍を宿すことなく一生を
終えてしまう者が居るのです…。」
アキラには、沢淵が何を言っているのかよく分からなかった。
それでもギリギリのところで凌ぎきり、数目差で勝てる、と読み切った。
そのはずだった。その時、アキラは盤上の石が動かされている事に気付いた。
「まさか…」
イカサマを仕掛けられる可能性はあった。それをされたら直ぐに指摘し、勝負
はその時点で終了する。そうする自信があった。しかし、気をそらされた、
と思った。顔を覗き込まれたあの時におそらく動かされたのだ。
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もう遅かった。アキラはぎりりと歯噛みをした。どんなに考えを巡らせても
盤上の石の流れが示す行き先にアキラが選べるものはなかった。
「…ありません…」
半ば呆然としたようにアキラは碁盤の上を見つめた。
「…こんな醜い対局は…今まで体験した事がない…。」
まるで沢淵の囲碁に対する、囲碁界に対する憎しみが盤上にドス黒く
渦巻いているように感じた。
「約束は約束ですね…。」
沢淵は正座するアキラの背後にまわるとゆっくりとアキラの制服の上着の
前を外し、肩から外し始めた。
三谷と向き合っていたヒカルだったが、あとわずかで唇と唇が触れあう
所まで寄せながらヒカルの動きはそこで止まってしまった。
押さえきれない怒りと動揺で曇るヒカルの目と違ってあまりに三谷の目は
まるで虚無を見つめるように無表情だったからだ。
「…どうしたんだ、進藤。…しないのか?」
それでも動かないヒカルに三谷はため息をつくと、三谷の方からヒカルを
壁に押し付け首筋にキスをしてきた。
三谷は積極的にヒカルの皮膚に唇を這わし、そのまま口元へかぶせ激しく
ヒカルの唇を奪って来た。ヒカルの舌を吸い取り、歯と舌で愛撫する。
「坊や達、なかなか激しいじゃないか」
別室で男達は食い入るようにモニターを見ている。
そのまま二人は縺れあうようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
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