偽り 36 - 40


(36)
「緒方さん、晩ご飯は?」
時間も7時になり、世間では夕食時である。ヒカルに訊かれて、
緒方は戸惑った。
本当は、寿司を食いに行くつもりだった。
店の主人がいいネタが入ったからと呼ばれていたのだ。
病気の子をほって帰るのも、緒方にとってはヒカルとの、この楽しい時間を
終わらすのもしたくはなかった。
せっかくの店主の好意だが・・今度にするか。
店主には悪いがな・・・。その呼ばれにアキラを誘おうかとも考えていた。
でも思いがけないこの状況に、やはり誘わなくて良かったと思う。
云った時間は8時だった。後で、断りの連絡をしておこう。
そう結論つけた緒方は「特に予定はない」とぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、食べていきます?緒方さんがいつも食べているような
上等な物ではないですけど・・・」ヒカルは側にあったエプロンに
手を伸ばす。
「いいのか?」「ええ、どうせ余るからもったいないし」
そういうとヒカルは、もうすでに人数分ほど作ってあったスープや
煮物などを温めだした。
三人分の茶碗・皿がテーブルに用意されている。
緒方は周りを見渡す、奥のソファに無造作に置かれた黒いランドセルが
目に入った。


(37)
「おい、坊主はどうした?」
「え?」火の加減を見ていたヒカルが振り返る。
「ああ、あいつ加賀の家へ行ってるんだ、さっき携帯にメールがあって
今日泊まるんだって」温め終わったのを入れようと皿を掴む。
−加賀・・・確か中学の先輩だったな −
「坊主とオレはホント縁がないな。まともに顔を合わせたことがない」
「そうだっけ?そういえばそうだね」ヒカルはクスクス笑う。
子供っぽい無邪気な笑いだ。こういう所は昔と変わっていないな。
感慨に耽り、サイドボードにある写真立てに目がいく。
その中には、家族4人で楽しそうに笑っている写真。
写真で見た限りでは、下の男の子は進藤そっくりだった。
だが、進藤が云うには正確は母親に似ているらしい。
「はい、どうぞ緒方さん・・・」緒方の前に御飯や煮物、コロッケ、
野菜スープらが並べられる。「これ、お前が作ったのか?」
怪訝そうにみる緒方にヒカルは「いや、下の子」というと席につき
「いただきます」と云った後、箸を取って食べ始める。
緒方も釣られて箸を取ると、コロッケを一口含んだ 。
「うまいな・・・」
緒方の言葉にヒカルは目を丸くした。そして機嫌をよくしたのであろう。
「そっか、サンキュー言っとくよ」
と云い終始にこにこ顔で、食事をとった。


(38)
”食卓を緒方さんと二人で囲んでいる…なんだか変な感じだ。”
食事も大体が済み、ヒカルは一息ついてお茶を飲んだ。
ヒカルはちらりと緒方を見る。年齢と釣り合わない若々しい姿。
見ようによっては、実際の年齢より10才若くまだ30代の半ばのようだ。
自分も若くみられる方だが、緒方と自分ではあまりにも見方が違う。
オレは、別に若作りをしているわけではないが、いつまでも少年のようだと
言われる。
自分には褒め言葉にはなっていない、裏を返せばそれって落ち着きがないし
威厳がないってことじゃんか。
緒方さんは、年齢的にも渋さが増して変わらない若々しさも手伝って、
昔以上にかっこよさを醸し出している。
もう45辺りか・・・まだ50には、なっていないだろうなぁ。
”今いくつぐらいなんだろう”
こうして思い返してみると、自分は緒方のことをまるで知らないという
ことが分かった。
何十年というつきあいなのに、親・兄弟はいるのかとか実家はどこなのか
まったくと言っていいほど、彼のことは知らない。


(39)
精次という名前からして、次男坊だろうという予測はしている。
長男だったらこの年齢になっても一人だと、周りが煩くいうだろうし。
そういや、義理で見合いしたらしいが、断ってもそうさほど
影響はなかったようだった。
お偉いの娘さんが相手で、普通はその父親の肩書きにかなりのプレッシャー
がかかり相手を気に入るとかいう以前に、断りにくい環境下が生まれ、
そうこうしている内に相手方の親が、結婚を決めてしまいいつの間にか
婚約させられたという話を訊く中、緒方はその相手に見事断ったという。
だが、親がいれば一人でいつまでもいられるわけがない。
伊角さんは、長男なので親からの見合い話がすごかったと訊く。
30になる前に漸く彼は身を固め、現在男の子の父親になりお嫁さんと
伊角さんの両親と同居しているらしい。
和谷は両親の干渉から逃げまくっているらしいが。
自分も一人っ子の長男だが、さっさと結婚してしまったのでそういう
煩わしさから、逃れられたのといえば、ラッキーなのかな。
ふと、ヒカルの頭に嫌な考えが浮かぶ。
緒方が暇をぬっては、面倒を見てくれる中学生の娘。
赤ん坊の頃から今現在まで彼はあの子の面倒を見てくれた。
本当に助かってた。オレは、タイトル取った早々、家を購入し、
塔矢先生のように自分の碁会所がほしくて、気軽にお客さんと打てる
場所がほしくて経営方法をまったく知らないのに、碁会所を作ったり、
とにかく思いついたしたいことをした。
結局、自分はタイトルとることによって忙しくなり碁会所の運営が出来ず
また、あかりが受付するとなると、子供の面倒をきちんと見ることが
出来ないので、いつもあいつはヒステリックになってた。
両親にしばらく甘えたがずっとという訳にもいかない。
緒方さんが、一旦代わりとして碁会所を運営できる人材を見つけて
くれなかったら、オレは碁会所を手放す前に、あかりと終わってかも
知れない。感謝してもしきれない恩を緒方に感じると同時に、不安も
一緒に運んでくる。


(40)
あの子と本気なのかな?
自分の気に入った女性が見つからないから、自分の好みの女を作ろうと
オレの娘にかまっているのかも。
ヒカルは想う…緒方の考えを訊こうにもポーカーフェイスの巧いこの男。
またはぐらかすに決まっているが。
でも一度は胸の内を訊いておかなければ…。
「あの・・・緒方さん?」
緒方は煙草をくわえ、ジッポーで火をつけているところだった。
同姓の目から見ても、緒方のその様はかなり魅惑的に映る。
ゴクンと、ヒカルは生唾を呑んだ。
”いいなあ…”自分がいつかなりたい男がそこにいる。
「なんだ」声をかけられた事に気づいた緒方は、ゆっくりとヒカルに
視線を向ける。
そのしぐさが自分にはきっと備わっていないであろう、
男の色気を感じさせた。カァーとヒカルの顔が朱に染まる。
”ちょっとかっこいいかも”
ヒカルは、自分の動機が早くなっているのを感じた。



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