白と黒の宴4 36 - 40
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アキラにそう言われて社は嬉しかった。「へへっ」と照れて鼻の頭を掻く。
「それにしても、相変わらず進藤っていうんは、変った戦い方しよる…無謀に見えて、しっかり
ち密に計算しとると言うか…」
「それが進藤の恐いところなんだ。」
口をつけないままコーヒーカップを見つめ、アキラが沈黙する。
社にはアキラが今日のヒカルの戦いを思い返しているのがわかった。
自分で切り出しながら、ふいにアキラをヒカルに持って行かれた気がした。
社は自分のコーヒーカップをテーブルに置くと、ソファーから立ち上がる。
アキラがピクリと小さく怯えたが、表情はいたって冷静に手の中のカップを見つめたままでいる。
出口へのドアと、そんなアキラとを一瞬見比べる。部屋を出ようか迷ったが、やはり今のアキラを
このまま1人置いて出て行く事は社にはできなかった。
社はベッドのアキラの手前の隣に腰掛け、アキラの手からそっとカップを抜き取りテーブルに置いた。
そして左手をアキラの肩に腕をまわし、そっと力を込めて自分の方に引き寄せる。
バランスを崩したアキラの体重が社の左半分にかかってくる。
ホテルのソープの香りが混じったアキラの髪の香りがした。
社にしてみればやはり賭けのような行為だった。だが、アキラは無理に体制を戻そうとせずそのまま
社に身を預けてきた。
アキラなりに社の苦悩を理解しているからだろう。そんなアキラの体の重みを感じた時、
社の中で強く鼓動が弾けた。
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それでもまだ、社は自分を押しとどめ、それ以上の事はしない決意でいた。アキラの髪に頬をつけ、
ただじっとそのままアキラの肩を抱いていた。
これくらいは、これだけは自分にも許されるだろうと言い聞かせていた。
何となく年上や同い年、下級生の女の子とそれなりに深いつき合いをした事はあったが
こんなに誰かを、腕の中の存在を愛しいと思った事は今までなかった。
そしてその相手もおそらく自分と同じくらい、それ以上に深い思いを別の相手に対し抱いている。
その相手は大事な対局を控えている。
だからアキラはその相手ではなく自分をここに招き入れたのだ。
高永夏との対局を頭の中で可能な限りシュミレートしているであろうヒカルの邪魔したくなくて。
「…社…」
それは呻くような小さく痛々しい声だった。社は腕に力を入れ過ぎたかと思ってハッとなった。
「悪い…」
慌てて社が手を離してアキラの表情を見ないようにして立ち上がった。声からしてさっきまでと
アキラの様子が違うのがわかるからだ。これ以上ここに居てはいけないと本能的に感じた。
「…部屋に戻るわ、オレ」
「…社、」
ふいにもう一度アキラに呼ばれて社の体に緊張が走る。
「…眠れないんだ…」
捕らえられてはいけないと思いつつも社は振り返り、アキラを見てしまう。
ベッドに座った状態でアキラが自分を見上げていた。透き通るように青白い頬で
無表情のままだったが、鋭く暗く光るアキラの瞳はゾッとするくらい綺麗に見えた。
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社は両手を固く握りしめ、唇を噛んだ。
「……やけど…オレは…」
窓の外の暗闇の中でビルの屋上の赤い光が点滅している。それは何かを警告するように
自分の中の心音に重なる。
「オレは進藤の代わりやない……代りはごめんや…!」
それが勢いっぱいの社の主張だった。
「…そんな事はわかってる」
アキラのその返事に急激に社の中に怒が込み上げ、アキラを睨み付けた。だがアキラは今は
視線を逸らそうともせず、むしろ命じるように強く社を見返して来る。
自分に従うのが当然だとでも言いたげだ。それに怯んだのは社の方だった。
「…社、」
アキラが再度乞う。いや、命じて来る。
「…勘違いはしないで欲しい。今夜だけボクを押さえていてくれれば、それでいいんだ…。」
でなければヒカルの部屋に押し掛けてヒカルを追い詰めてしまう。
そういう事なのだ。
社の中で赤い警告灯が激しく音を立てて点滅しくらくらと目眩がした。
自分の身勝手さを自覚してはいるのかもしれないが、そのくせ泣いて縋るのではなく
あくまで塔矢アキラとしてのプライドを保ったままでいる。
一晩自分をこの部屋に押さえ留めていてくれるなら、その代償に体を与えてやってもいい。
そういう態度だった。
ヒカルを求めるが故に自分が取る行動が周囲の者にどういう感覚を与えるかがまるで
わかっていない。
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殴ってやりたい。その取り澄ました顔を泣きっ面に変えてやりたい。
思わずそんな衝動が社の中に走った。
一言も発っせず、鋭い目付きで冷たく見下ろして来る社にようやくアキラも危機感を
感じたようだった。
「…悪かった…社、…ボクはどうかして…」
僅かにアキラが身を引き、後ろに動こうとした。
次の瞬間には社はアキラに飛びかかるようにして体をベッドの上に押し倒していた。
「!やし…」
アキラの躯の上に覆いかぶさり、首を押さえ付けてもう片手を握りしめ、振り上げた。
社の形相と勢いに観念するようにアキラが目を閉じた。
アキラに対する怒りで全身が震えて血が沸き立つような感覚に襲われていた。
だが、拳を振り下ろす事は社には出来なかった。
どんな雄もアキラによってこうして狂わされてしまう。
あの緒方もおそらくそうだったに違いない。そうでなければ大阪までわざわざ忠告しに
来るはずがない。
いい年をした二冠のタイトルホルダーさえこの魔性の少年に振り回されているのだ。
(…かなわん…こいつには…)
両手でアキラの顔を抑え直して包むとしばらくその頬を撫で、そっと唇を重ねた。
最初は優しく、そして次第に激しく貪る。間もなく互いに熱い呼気が漏れはじめる。
「…誘ったのはそっちや…わかっとるやろうな…」
確認するような社の言葉にアキラは目を伏せて微かに頷いた。
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数分後にはベッドを激しく軋ませて2人は深く繋がり、くぐもった吐息で肌を合わせていた。
「う…ん…っ」
片膝を胸近くまで持ち上げられ、社の体の下でアキラは目を閉じて身を任せきっていた。
アキラの中の深い部分で社の硬い楔が激しく動いてアキラの内臓を揺さぶっていた。
その前面でアキラ自身は痛々しい程に社の手によって握られ、根元を締め上げられていた。
「ん…っ、ん…」
どちらかと言えば苦痛に歪ませられた表情でアキラは呟く。
社が服を引き剥がした時アキラ自身は既に熱く脈打ち張り上がっていた。
その根元は一度剃り取られた毛頭がまばらに伸びて指で触れるとざらついていた。
しばらくそこを撫で回し、奥へと指を運ぶとアキラの内部への入り口も火口のように熱を持って
膨れていた。
社は前戯もほとんどないまま自分を押し当て一気に深部に押し入った。
経験からアキラはその時点で弾ける可能性があったので、アキラのモノの根元をしっかり
指で握り込んでそれを制した。
「うあ…っ」
アキラが社のその手を振払おうと抵抗らしき動きをしたのはその一瞬だった。
社と同様にアキラも相当なものを溜め込み抱えていた。それが爆発する寸前なのは
明らかだったが社はあえてそれをさせなかった。
「…そこまで…都合良くはさせへんで…」
射精する事は許されなかったが、社が一気に押し入った瞬間にそれと同等の感触がアキラの
体内を走り抜けたのは確かだった。高く呼気が混じった悲鳴がアキラの喉から漏れた。
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