白と黒の宴4 37 - 38
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それでもまだ、社は自分を押しとどめ、それ以上の事はしない決意でいた。アキラの髪に頬をつけ、
ただじっとそのままアキラの肩を抱いていた。
これくらいは、これだけは自分にも許されるだろうと言い聞かせていた。
何となく年上や同い年、下級生の女の子とそれなりに深いつき合いをした事はあったが
こんなに誰かを、腕の中の存在を愛しいと思った事は今までなかった。
そしてその相手もおそらく自分と同じくらい、それ以上に深い思いを別の相手に対し抱いている。
その相手は大事な対局を控えている。
だからアキラはその相手ではなく自分をここに招き入れたのだ。
高永夏との対局を頭の中で可能な限りシュミレートしているであろうヒカルの邪魔したくなくて。
「…社…」
それは呻くような小さく痛々しい声だった。社は腕に力を入れ過ぎたかと思ってハッとなった。
「悪い…」
慌てて社が手を離してアキラの表情を見ないようにして立ち上がった。声からしてさっきまでと
アキラの様子が違うのがわかるからだ。これ以上ここに居てはいけないと本能的に感じた。
「…部屋に戻るわ、オレ」
「…社、」
ふいにもう一度アキラに呼ばれて社の体に緊張が走る。
「…眠れないんだ…」
捕らえられてはいけないと思いつつも社は振り返り、アキラを見てしまう。
ベッドに座った状態でアキラが自分を見上げていた。透き通るように青白い頬で
無表情のままだったが、鋭く暗く光るアキラの瞳はゾッとするくらい綺麗に見えた。
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社は両手を固く握りしめ、唇を噛んだ。
「……やけど…オレは…」
窓の外の暗闇の中でビルの屋上の赤い光が点滅している。それは何かを警告するように
自分の中の心音に重なる。
「オレは進藤の代わりやない……代りはごめんや…!」
それが勢いっぱいの社の主張だった。
「…そんな事はわかってる」
アキラのその返事に急激に社の中に怒が込み上げ、アキラを睨み付けた。だがアキラは今は
視線を逸らそうともせず、むしろ命じるように強く社を見返して来る。
自分に従うのが当然だとでも言いたげだ。それに怯んだのは社の方だった。
「…社、」
アキラが再度乞う。いや、命じて来る。
「…勘違いはしないで欲しい。今夜だけボクを押さえていてくれれば、それでいいんだ…。」
でなければヒカルの部屋に押し掛けてヒカルを追い詰めてしまう。
そういう事なのだ。
社の中で赤い警告灯が激しく音を立てて点滅しくらくらと目眩がした。
自分の身勝手さを自覚してはいるのかもしれないが、そのくせ泣いて縋るのではなく
あくまで塔矢アキラとしてのプライドを保ったままでいる。
一晩自分をこの部屋に押さえ留めていてくれるなら、その代償に体を与えてやってもいい。
そういう態度だった。
ヒカルを求めるが故に自分が取る行動が周囲の者にどういう感覚を与えるかがまるで
わかっていない。
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