平安幻想異聞録-異聞- 37 - 38
(37)
それから2日がたって、ようやくヒカルもまともに身動きができるようになり、
二人は久方ぶりに揃って内裏に参上した。
――あの竹林の夜からは8日がたっていた。
内裏に行く前に、ヒカルは検非違使庁に顔を出し、長く休んでしまったことを
皆にわびる。
「なんか拾い食いしたんじゃないか」
「まじめに仕事しないから、ご先祖さまが怒ってバチをあてたんだ」
ヒカルの休みの理由を腹痛と信じて、好き勝手言う検非違使仲間達に
「オレ、一応病み上がりなのに、みんなでいいようにこづき回すんだよ」
と文句をいいながら、ヒカルは楽しそうだ。
ヒカルの屈託のない笑顔に、佐為もほっと気が緩むのを感じた。
(さて、後は…)
ヒカルは知らなかったが、佐為はその前の日の昼に賀茂アキラと会っていた。
内裏に行けば、座間と菅原がいる。
彼らとヒカルを遭わせたくなかった。
賀茂アキラが緒方などを通して、さりげなく訊きだした座間と菅原の
その日の動向と予定を頭に入れたうえで、彼らとなるべく鉢合わせすることの
ないように、佐為はアキラと相談して、その日の自分の行動予定を
組み立てていたのだ。
そして、それは今のところすべて上手く運んでいるように思えた。
夕刻まではつつがなく過ぎ、囲碁指南の仕事も無事に終わり、
さぁ退出、と、佐為が心の中で胸を撫で下ろしながら
ヒカルとともに内裏から大内裏へと渡る途中、ふたりは
予想外にたくさんの女房達に声をかけられることになった。
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いつも佐為の方にばかり話しかけている女房達が、今日はヒカルにも口々に
声をかけ、いたわりの様子を見せる。
いったいどういう風の吹き回しかとおもって見れば、やはり、
ヒカルと佐為の顔を見に現れたあかりの君の言葉がなぞ解きをしてくれた。
「佐為の君が風邪を召して休んでいらっしゃるというのは表向きのこと。
実はヒカルにつきっきりで看病してたからお休みなのだって事は、
宮中の女房なら、もう誰もが知ってるうわさ話ですもの。
で、憧れの佐為の君に、内裏に参上いただくには、ヒカルの健康維持が、
そりゃあ大事なわけよ。みんな佐為様目当てにヒカルの事、心配してるわけ!」
「えーー、なんだよ、それ〜〜」
あかりの無下な言葉に、ヒカルは文句を言った。
が、佐為とともに歩き出そうとしたヒカルを、あかりの君が引き止めて、
そのヒカルの袖のなかに、宮中でも上級の女官しか口にに出来ないような菓子や
食べ物の包みを押し込んだところを見ると、何やら彼女なりに、
ヒカルに対しては思うところはあるようだ。
佐為はそんなふたりを微笑ましく見ながらも、ヒカルをせかす。
まさか、内裏から大内裏への道中で、こんなにあちこち道草を食う羽目に
なるとは思わなかった。
予定の退出の刻限を少々過ぎてしまっている。
佐為がヒカルを伴い、急ぎ足に大内裏から出ようとした時だった。
渡り廊下の向こうから、数人のとりまきを連れて歩いてきたのは
座間長房と菅原顕忠。
「これはこれは、佐為の君。 風邪でふせっておられたらしいが、
もうお加減はよいのですかな?」
すぐ後ろで、ヒカルが体を固くこわばらせるのがわかった。
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