敗着─交錯─ 37 - 38


(37)
スローモーション画像を見ているように、ヒカルの口がゆっくりと動いて見えた。
もう片方の腕も外し、震える声でヒカルが言った。
「ごめ、ん…」
「どういうことだ…」
訳がわからない。自分は進藤を連れ出すはずだった。そして二人でここを出て――、

ヒカルと緒方の視線が、違う方向に向けられながらも、その先の焦点が一つに縒り合わさっていることに気がついた。

カタカタと、小刻みに体が震えてきた。呼吸が速くなり目眩がしてくる。
「し、…んど…」
言葉が出なかった。

そんな、そんなことって―――

視界が潤んでくるのを必死に止める。
信じられなかった。信じたくはなかった。
足元がふらつき息が苦しくなった。小さく頭を振って意識を保とうとする。
「キミは……」
ヒカルは俯き何も答えず、緒方も黙って横を向いたままだった。
嗚咽が漏れそうになる直前に部屋を飛び出した。

どれくらい走っただろう。人気の無いコーナーで前につんのめり、そのままその場にうずくまると声を殺して泣いた。膝を抱えて震えていた。
涙が止まらなかった。


(38)
「いいのか……追いかけなくて……。」
虚ろな声で緒方が呟いた。ヒカルの顔は見なかった。
「……」
ヒカルは黙って小さく首を振った。握り締めた手に爪が食い込んでいる。
食いしばった歯からは声が漏れそうだった。アキラの残像が見えた。
(…塔矢……。)
ほんの僅かな時間だったが、アキラは確かに今ここに居た。
知られてしまった。
勘の良いアキラだ。瞬時に二人の関係を理解してしまった。
かける言葉がなかった。黙って行かせてしまった。
アキラが閉めたドアの音の余韻が、まだ部屋の中を漂っていた。いつまでも耳から離れなかった。
緒方が口を開いた。
「……アキラはお前に惚れてる…」
痛いほど分かっていた。
「いってやれ」


その言葉が感情の堰を切った。
「どうしてっ、そんなこと、……っ」
あとからあとから涙が出てきて自分の意思では止められなかった。
「せんせえオレェ…っ」
「進藤…」
肩を震わせ嗚咽しているヒカルを思い切り抱きしめた。
「うわああああああっ」
緒方の腕の中でヒカルは号泣した。

                                 
                                 <了>



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