クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 38
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「なあ、教えてくれ!その坊さん、山のどの辺りに住んでんだ?馬で行ける道か?」
馬からずり落ちんばかりに身を乗り出して光は問うた。
その勢いに気圧されまいとするように胸を反らして、年嵩の童が答えた。
「だっ、駄目だよ!お坊さんが自分から里に下りて来るまでは、庵の辺りには
近づくなって云われてるんだ。オレが道を教えたって分かったら叱られちゃうよ。
お坊さんが来るのは月に二度だから、お兄ちゃんもこの村に泊まって待つといいよ」
「月に二度って、次に来るのはいつなんだ?」
「今日の昼に来たばっかりだから、今度は月末だよ」
それでは困る。都で明が苦しんでいるのに、そんなに待っているわけにはいかないのだ。
「――」
逡巡するより先に体が動いた。
真っ直ぐに山を睨みながらぽんぽんと馬を促そうとする光を、童が慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!どこ行くつもりだよ、お兄ちゃん」
「あ、礼云うの忘れてた。ゴメンな。良かったらこれ、みんなで分けて食ってくれ」
光がいつも出勤時の軽食用に持ち歩いている菓子袋を差し出して微笑むと、
童は首を振り困った顔をした。
「いいよ、そんなの。それよりどこ行くんだよ。山には行っちゃいけないって
今云ったばっかだろ?それに日が落ちたら山を歩くのは危ないよ」
「あぁ。でも」
光は肩越しに振り返り、輝く夕陽を今まさに呑み込もうとする山の姿を
真っ直ぐに見据えた。
「そんなこと云っちゃ居られねェんだ。オレの・・・オレの大事な人が都で待ってるから、
一刻も早く坊さん連れて戻ってやらなきゃ」
夕陽に片頬を照らされながら低い声で呟いた光の真剣な横顔に、
童たちのうち何人かの少女がポッと顔を赤らめた。
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