金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 38


(38)
 タクシーを待っている間も、それに乗り込んでからもヒカルは楽しそうに笑っていた。
彼の瞳が潤んでいるのも頬が赤いのも、酔っているせいではなく、照れているためだ。少し、
疑わしいが、本人が断固として譲らないので、そういうことにしておいた。

 「進藤、入って…」
玄関の灯りをつけて、ヒカルを招き入れた。人気のない廊下の奥を覗き込むようにして、恐る恐る
靴を脱いでいる。
「先生、今度はどのくらい向こうにいるの?」
「来週頭に帰ってくるよ。」
ふーんと呟く声が聞こえた。
だから、遠慮しないで―――――そう言いかけたとき、ヒカルがアキラのジャケットの袖を
ぐいっと引っ張った。
「寂しくネエ?」
寂しい―と、感じたことはない。両親への愛情がないわけではない。ただ、一人になることも
必要だし、今それを実行しているのだ。
 もともと、自分は一人でいても、苦にならない。人がいてもいなくても自分の日常生活には
余り関係ないように思えた。
 もっとも、これはヒカルのことを抜きにしての話だ。
「キミがいないときは寂しかったけど…」
 アキラの言葉にヒカルはくりくりとした大きな目をキョトンとさせていたが、すぐに
にっこりと笑って頷いた。



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