落日 38 - 42
(38)
おまえは誰だ、と問われてヒカルは返すべき言葉を失う。
黒く光る一対の眼差しが自分を覗き込んでいる。闇の底のようなその瞳の色に吸い込まれそうに
なり、視界がぐらりと揺れるのを感じた。風景はそのまま歪んで正常な形を失い、足元の地面は
ずぶずぶと沈みこむ泥地に変わる。闇の淵に吸い込まれる。落ちる。堕ちていく。誰もいない、何
の気配もしない、自らの存在さえ定かでない、光さえも届かない虚空の闇。漆黒の闇の中で平衡
感覚を失い膝の力が抜けていくように感じた。
どさり、という音と、全身を打った鈍い痛みで、ヒカルは覚醒した。目を開けると薄墨色の夕空を黒
い雲が覆い始めていた。そうしている間にも、夕闇は刻一刻と濃くなっていく。地平線の近くに雲に
覆われつつある月影が朧に霞んで見えたが、風が雲を押し流し、見る間にその光を隠してしまった。
湿った風が強さを増しつつある。雨が降るのかもしれない。
嵐の予感に、ヒカルはよろよろと立ち上がる。
ふらつく身体を何とか支えながら、ヒカルは誰もいない屋敷を立ち去ろうとした。
当てもなく悄然と歩いていたヒカルの耳に、何か不穏な音が届く。はっと顔を上げると、細い悲鳴
の後にバタバタと数人が駆けてくる音が聞こえ、ヒカルは咄嗟に腰に手をやった。
けれどそこにはいつも差しているはずの太刀は無く、ヒカルはすっと自分が蒼ざめるのを感じた。
なんと言うことだ。
あの音が、都を襲う盗賊どものものだということは、ほぼ確実だ。
それなのに、なぜ自分は丸腰でこのような所にいるのだ。
俺は今まで何をしていた。俺は一体何物だ?
なぜ、何のために俺はこんな所にいる?
(39)
これは罰だ。
薄れそうになる意識の中でヒカルはそんな事を思った。
都を守る検非違使たるものが逆に盗賊に捕らわれて、陵辱を受けている。
耐え難い屈辱と苦痛。
苦しくて、悔しくて、自分の無力さが許せなくて、それなのに自分の肉体はこんな無骨な男どもの
狼藉にさえ快楽を感じ始めてしまっている。
罰だ。
自分の身を案じてくれた友の思いを踏みにじり、寄せられる同情をよい事に自分の欲しいものだけ
を貪り食った事への、自分の務めを忘れ悲しみだけに溺れていた事への、そして何より守るべき人
を守れなかった事への、守らねばならぬことに気付きもしなかった自分自身への罰だ。
だからきっと、俺はこの屈辱を甘んじて受けねばならないのだ。
これは罰だ。
それなのに、こんなに心もは苦しくて、悔しくて、屈辱と嫌悪に嘔吐しそうなのに、身体はこんな奴ら
の陵辱をさえ悦んでいる。もっと激しくもっと乱暴に、この身が壊れてしまうほどに、意識など、想い
など全て手放してしまえるほどに、もっと強く、もっと激しく、更なる陵辱を望む自分が確かにいる。
自分自身の浅ましさに、欲望の醜さに吐き気がする。
こんな醜く汚れた自分には、こんな夜盗こそが相応しいのかもしれないとさえ思う。
(40)
醜い男の、異臭を放つ醜い一物が眼前に突きつけられる。顎をとらえられて、無理矢理口の中に
それを捩じ込まれた。饐えた臭気に吐き気がこみ上げる。けれど男はそれを許さず、ヒカルの髪を
鷲掴みにして揺さぶる。後ろは別の男のモノに穿たれ、腰を掴まれて揺すぶられる。
前後から責めたてられて、苦しいのに、苦しいはずなのに。
心のどこかが麻痺してしまったようで、もはやそれを嫌だとさえ感じない。
「早く代われよ、今度は俺の番だぜ。」
「待てよ、あと、うっ、くうっ…!」
後ろからヒカルを抱え込んでいた男が急かされて更に激しく腰を動かす。
「ちっ、それじゃ俺はこっちにするぜ。」
また、顎を掴まれて、口の中に押し込められる。反射的に咳き込みそうになった瞬間、後ろから
体内にまた熱い精が注ぎ込まれるのを感じた。
ヒカルの腰を抱えて余韻に酔っていた男は、別の男に強引に引き剥がされ、ずるりと彼が体内
から抜け出るのを感じたと思ったら、次には別の熱く猛り狂う男が押し入ってきた。
「あああっ!」
思わずヒカルの口から悲鳴が漏れる。けれど男はヒカルの様子になど躊躇せず、強引に自身
を捩じ込む。
「す、すげぇ、いい…」
(41)
いつまでこの責め苦が続くのだろう。
男共の何か言い争う声もヒカルの耳には入っていなかった。
がくり、と、ヒカルの頭を捕らえていた男が急に崩れ落ち、支えを失ったヒカルは地面に倒れこ
みそうになる。が、ヒカルの腰を掴んだ手がそれを許さない。
生臭い匂いがむっと立ち込める。何とか手をついて顔を上げると、つい先程までヒカルの口内
を犯していた男の背中が目に入った。
その背がぱっくりと割れて赤い血を流しているのが、闇の中にかろうじて見えた。
同時にヒカルの腰を掴んでいた男もそれに気付き、動きを止める。
「なっ…貴様、何を…」
頭上で刃がきらめくのが目に入るのと、ヒカルの腰を掴んでいた手が離れるのとはほぼ同時
だった。
「ああ…っ…!」
支えを失ってヒカルの身体は今度こそ地面にくず折れた。
(42)
どさり、と重たい身体がヒカルの上に倒れこんできて、ヒカルは呻き声を上げる。
「貴…様、こんな事をしてただで済むと……」
呻き声と共に切れ切れに呪詛の言葉が漏れるのが聞こえる。が、そのような言葉など耳にもい
れず、他の男共を切り倒した血まみれの手がヒカルの髪を掴み、男の身体の下からヒカルを引
きずり出そうとしている。既に朦朧とした意識のヒカルは悲鳴さえ上げられずに、男の手に従うし
かない。
更に彼はヒカルに覆い被さる男を足蹴にして倒し、ヒカルの身体を引き寄せ仰向けにかえすと、
下肢を割り開き、既に怒張しきった己自身をヒカルに勢いよく押し込んだ。
嗄れきったヒカルの喉からまた、掠れた悲鳴が上がり、背が弓なりに反る。が、既に何度も男達
の精を受け入れたヒカルの内部は、強引なその動きを難なく受け入れた。
男は目を閉じ小さく身体を震わせて極上の感覚を味わう。そして、熱く蠢きながら己を締め付け
るその感覚に小さな呻き声を上げた後、男は狂ったように腰を動かし始めた。
もはや意識も切れ切れに、ただ己の内部から与えられる感覚だけがヒカルを支配する。それは
もはや快感を通り越し、苦痛にも近いものであったが、ヒカルの肉体はその感覚から逃げ出す
事はできなかった。
せめて気を失ってしまいたい。意識だけでもここから逃げ出してしまいたい。そんな思いに気が
遠くなりかけていた、その時、恐ろしい悲鳴と共に突如男の動きが止まり、ヒカルの腰を掴んで
いた手に恐ろしいほどの力がこめられた。骨を砕くようなその痛みにヒカルは一瞬、己を取り戻
す。次の瞬間、男の身体はくず折れ、どさりと音をたててヒカルの上に落下した。
どろりと生暖かい液体が、ヒカルを更に汚すように伝い落ちるのを感じながら、ヒカルはようやく
意識を手放した。
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