無題 第2部 4


(4)
―あれは、いつの事だったろう…
布団の中で、幾分薬が効いて来たのか、ぼんやりとした頭で、思い出す。
ずっと昔、幼い頃、熱を出して、両親が不在の日、あの人が来て、看病してくれた。
ボクの好物だったプリンを買ってきてくれて、すごく嬉しかったのを覚えている。
それから、器用な手付きでリンゴをうさぎの形に切ってくれた。ボクはあの人の膝の上で甘えて、
りんごを食べさせてもらった。しゃくしゃくとしたりんごの舌触りを、覚えているような気がする。
あれ?でもそれは別の時のことだったかな。それでも、あの人はいつも優しくて、自分はそれに
甘えて随分とわがままを言ってしまっていたたような気がする。
あれは、いつの頃だったろう。
あの人はいつも優しくて、ボクはあの人が大好きだった…大好きだったのに。

突然、アキラの身体がブルッと震えた。暗い部屋の中で、更にきつく目を閉じる。
思い出しちゃ、いけない。
嫌な事は、思い出しちゃいけない。忘れてしまえば、なかった事にできる。
忘れろ。忘れてしまえ。
そして、何も知らなくて、幸せだった頃の事だけ、思い出していたい。
せめて今日だけでも。好きなものだけ数えて、嫌な事は全て忘れて。
ボクの好きなもの。冷たいプリン。うさぎのりんご。
庭につもったわずかな雪でつくった小さな雪だるまと雪うさぎ。
縁日ですくってきた赤い金魚。金魚鉢のなかでひらひら泳いでた。
夏になるといつも冷たい麦茶をおかあさんが用意してくれていた。ほんのりと甘かった。
それから、縁側で団扇で扇いでくれたおとうさん。大きくがっしりした、頼もしい手。
それから…それから…ひんやりとした感触の白と黒の石…、しんとした室内に響く音…。



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