指話 4


(4)
進藤に二度に渡って負けた時、特に二度目に完璧なまでに打ちのめされた時、自分の
足下が崩れていく様な思いがした。
あの人はいつか父に追い付き、父に替わってこの世界の頂点に立つ。自分はそう確信
していた。そんなあの人を追い、いつか正面から自分に向き合ってもらうためにも自分が
挑戦者の頂点にいなくてはならないのに、そうである自信があったのに、突如そこに
大きな壁として進藤が立ちはだかった。
暗闇の中に碁盤が置かれ、あの人が座する。その正面に座るのは自分のはずであった。
だが、近付きたくても足が動かない。すると誰かがフッと横を通り過ぎて、自分が
座るはずであったその場所に立つ。進藤だ。
その人も進藤も、まるで自分の存在はないかのようにこちらを一瞥する事もなく
静かに対局を始める。
そんな悪夢にうなされて夜中に目を覚ます事があった。
自分の進藤に対する強い意識はあの人も敏感に察知したようだ。その頃からだと思う。
それまでになく、あの人が自分に声をかけて来るようになったのは。
―進藤と対戦するために中学の囲碁部に入ったんだって? 
―…はい。
―君にもやっと年相応のライバルが現われたわけか。いいことだ。
その人の考えている事は分かってしまう。ボクの意識が向かう対象が他に移る事を
期待しているのだ。
―ボクの目標は…あくまで、あなたです。
―…それはどうも…。
タバコの煙だけ残して、その人は去っていく。一度背を向けられたらもう振り返って
もらえない、その人にとってはまだその程度でしかない自分の存在が悔しかった。



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