sai包囲網・中一の夏編 4
(4)
進藤と初めて逢ったその日から、彼の言動の一つ一つにみっともない
ほど心を揺さぶられ、今まで欠片も見えなかった激情が自分の中にある
ことに気がついた。彼の数多(あまた)の棋士への冒涜に、生まれて初
めて他人を憎み、見せつけられた優美なまでの一局に心を奪われた。
対局を拒否されたときは哀しみを、念願叶ってやっと相対したときは
喜びを、そして、期待に反した稚拙な手を返されたときは失望を。ボク
の中にあるさまざまな感情を引き出したのは、いつでも彼だった。
その彼が、自分の出現に今までにないほどの動揺を返して来たことに、
厭らしいまでの快感を覚える。これも、初めて知った自分の一面だ。
「ビ…ビックリするじゃね〜か!なんだよっ」
語気こそは強いものの、さり気なく、実際は少しもさり気なくはなか
ったが、立ち上がってボクの視界からディスプレイを遮ろうとする進藤
の慌て振りがおかしいくらいだ。
「友達?」
客同士のトラブルとでも思ったのか、従業員の女性がやって来た。
「ともだち……かなァ」
その女性とはかなり面識があるのだろう、進藤の口調は砕けたものだ。
もっもと、彼は誰に対してもそんなところがあるようにも思えるけれど。
「ゴメン。ちょっと外、出てくる」
余計なことでも言われると思ったのか、進藤はボクの背を押すように
して店の外へと押し出した。二人きりで話をしたいというのなら、ボク
にとっても好都合だ。
ビルの壁を背にして、突然現れたボクに恨み言を言う。
「何。何か用?」
その一言だけで、急に黙り込む。今、彼がその小さな頭の中で何を考
えているか、手に取るように分かる気がした。
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