平安幻想異聞録-異聞-<駒競> 4
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それは、駒競べのせいだった。
ヒカルいわく、
「だって、馬に乗れないじゃん!」
早駆けする馬の体の上下動は、見ているものが思うよりはるかに激しい。
だからといって、上体を馬に揺られるままにしていては、弓も太刀も使えた
ものではない。なので、その反動を腰で受ける。つまり、秘め事の後の重い腰で
馬に乗るのは、結構辛いことだったりするのだ。
駒競べの日に向けて、打倒三谷の特訓をするのにそんなのでは話にならないと、
ヒカルはその十日ほど前から、佐為と体を重ねることを拒み続けていた。
駒競べでヒカルが勝つことはもちろん応援しているが、思いもよらぬこの
『お預け』に、佐為が多少切ない気持ちにさせられたのは否めない。
まぁ、確かに佐為が一晩中、ヒカルの体を独り占めしてしまうようなことに
なれば、馬に乗るどころではないだろう。けれど、少しぐらい……
「そんなに無理なことはさせませんよ」
と、すねる佐為を、ヒカルは顔を赤く染めて睨んだ。
「だめなんだよ、その、お前じゃなくて、オレが。お前と寝てると、他のこと
なんかどうでもよくなっちゃうんだ。駒競のことなんか忘れて、もっと
欲しくなちゃうんだよ」
そういう顛末もあって、ここしばらく、佐為はヒカルの柔らかそうなうなじや、
軽い口付けの快楽にも震えてしまうその指先を目の前に眺めながら、自分の中を
焼く熱をもてあます羽目になっていたのだ。佐為が、その間、自分の代りに
ヒカルを独り占めしていた馬に嫉妬して、逆恨みしても、だれも責められない事に
違いない。
だけど、それも今日で仕舞い。駒競べは昨日、無事に終わったのだから。
佐為の手が、狩衣の布越しに、ヒカルの腰から背をさするように彷徨い、唇が、
首の薄い皮膚を吸って、花びらのような痕を残した。
ヒカルが、食べかけの氷菓子の皿を床板に置いた。
それを確認して、佐為がゆっくりとヒカルを押し倒す。
放っておかれる氷菓子に
「溶けちゃう…」
と、ヒカルがつぶやいた。
そのヒカルの腕もすでに、しっかりと佐為の首に回っていたが。
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