失楽園 4
(4)
「進藤じゃないか。学校はどうした」
一人で碁盤に向かっていると、低い声が頭上から聞こえてきた。ヒカルがくるりと振り向くと、
そこには白いスーツを着た緒方が立っていた。ヒカルは眉を顰める。
「高校に行ってない訳じゃないだろう?」
「今日は午前中でオワリだった」
幾分つっけんどんな言い方になるのは仕方がなかった。しかし、その答えに納得したのかは判ら
なかったが、緒方は軽く頷いた。そしてヒカルに許可を得ることもなく向かい側の椅子に腰掛ける。
足を高く組み、ヒカルが気がついた時には既に煙草に火を点けるところだった。
目を細めて実に美味そうに煙草を燻らす。薄い唇が僅かに開き、ゆっくりと煙が吐き出された。
「そういえばこの時期は――中間考査か。終わったのか」
たなびいてくる煙を避けながら、今度はヒカルが頷く番だった。思い出したくもない2日間が
終わり、ようやく落ち着いてアキラと向かい合える。そう思うと居ても立ってもいられず、学校から
直接碁会所へやってきたのだ。
まだ3時にもなっていない時間だった。アキラが先に来ているとは思わなかったが――それにしても
よりによってこの緒方が来ているとは。ヒカルは碁笥の中で石を掴んでいた手をしぶしぶ引き抜いた。
「その顔は、――あんまり勉強はできないクチか。まぁ中学校の時から仕事してりゃ、勉強なんかどう
でもいいと思うだろうが、多少は無理してでもできる時期にやっとけよ」
まだまだ無理のできる年齢なんだからな。緒方はそう言って笑うと、手を伸ばしてヒカルの前髪を
クシャリとかき混ぜた。煙草の匂いと、甘い柑橘系の香りがふわりとヒカルの鼻をくすぐる。
(塔矢――――)
|