望月 4 - 5


(4)
風呂から上がった名人をまじえ、4人で夕食を食べた。
刺身、煮物、茶碗蒸。ヒカルの家とは違う純和風な料理。苦手な酢の物も並んでいて、ヒカルは
目を白黒させていた。海外から帰国したばかりで、サッパリした和食が食べたかったらしい。
もっとも、アキラの話では普段から和食が中心で、ヒカルの家のようにハンバーグやグラタンと
いった今風なメニューが塔矢家の食卓に並ぶことはあまりないという。
無口な名人は食事のときはあまり会話に加わらず、もっぱら明子の話す台湾での食事や買い物の
話を聞かされることになった。くだけた会話だが、名人がそばにいると思うとヒカルはどこか
固くなってしまう。
食後、みんなでケーキを食べた。小さなケーキは4人で割ると小さくなってしまったけれど、
みんなが祝ってくれるのはちょっとこそばゆくてやはりうれしい。
棋士が3人集まれば、話題は自然、囲碁が中心になった。台湾のプロの話から各国の棋戦、
棋風の話になると、さすがに名人の口から興味深い話が次々に出てくる。ヒカルはむさぼるように
話を聞いた。この春、北斗杯を戦って以来、ヒカルにも海外の棋戦への興味が生まれていた。
海外の棋士と戦うのは、北斗杯だけでなく、富士通杯、三星杯、今年誕生したトヨタ・デンソー杯と
たくさんある。国内戦とは違った雰囲気を持つ国際棋戦でまた戦いたいというのはヒカルの望みの
一つだ。もちろん、その願いはアキラも同じだ。
「じゃあ、進藤行こう。」
アキラが声をかけて、ようやくアキラの部屋に引き上げることになった。ヒカルは正直、
ホッとした。
4人での会話はなごやかなものだったが、ヒカルは知らず緊張していた。二つも秘密を抱えていた
せいだ。ひとつは佐為のこと。名人はsaiについて一言も口に出さなかったけれど。そして
もうひとつ。アキラとの関係に秘密があるからだ。


(5)
月明かりに照らされた廊下をいくと、中ほどにススキを活けた花瓶と団子の置かれた台、
それに里芋やら栗やら野菜の置かれた盆がある。
「なんだい、これぇ。」
緊張から放たれた開放感もあって本来の調子に戻り、ヒカルは素っ頓狂な声をあげた。
「お月見だよ。あぁ、きょうは中秋の名月っていってたっけ。キミのうちではやらない?」
「やんないよ、そんなの。なに、団子とか飾るの?」
「そう。中秋の名月のときにはこうやってススキや団子や秋の収穫をお供えするんだ。」
「ふぅん…。あ、ホントだ、満月。キレイだな。」
ヒカルは花瓶からススキを1本スッととり出すと、アキラの頬に向けていたずらをした。
アキラににらまれると、ヘヘッと笑って、今度はその柔らかな穂を自分の頬にあてて撫ぜる。
その目はそのまま見事な満月に吸い寄せられ、ヒカルは彫像のように動かなくなった。

――佐為、塔矢名人、引退してから海外を飛びまわって碁を打ってるよ。もうオマエとは
打たせてあげられないけど、思う存分碁を打っててイキイキしてるから、いいよな。オレ、いつか、
名人と打てるかな、あのときみたいな碁を。
でも、オレがあんな碁を打てるようになるのはまだまだ先だな。でもって、相手は名人じゃなくて、
やっぱ塔矢かな。
佐為、オマエの目指してた神の一手って、いつになったら辿りつけるんだろう。



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