七彩 4 - 5
(4)
ちょうど街灯の点った電柱まで差し掛かった時、アキラがふいに足を止めた。
つられてヒカルも俯いたまま立ち止まる。ヒカルはこれから来るだろう最後通牒に
心を鎧い、覚悟を決めた。しかし恐ろしくて、アキラの顔は見られなかった。
「――――いいよ。付き合おう」
ヒカルは目を閉じ、痛い拒絶に対して「そうだよな、ごめんな」と再び謝ろうと
思った。そしてこんな馬鹿げた告白は無かった事にして、これからも気兼ねなく
碁を打って欲しいと願い出るべく口を開いた。
だが実際に発した声は、本人の意に反して気が抜けた間抜けなものだった。
「・・・・・・・・・は?」
「付き合おうと言ったんだ」
「え・・・・・・?」
「その代わり、ボクが打ちたいと誘った時は、何より優先してボクと打って
欲しい。ボクもそう無理を言うつもりは無いが・・・」
「――――もちろん!ああ、ああ、いいぜっ、もちろんそうする、絶対!
そんなんでいいのか!?そんでオレと付合ってくれるの!?ほんと?
嘘じゃない!?――――――ウソ―――――――マジ!?」
「ああ」
アキラは飛び上がって喜ぶヒカルを冷静な目で見詰めている。
ヒカルは―――――――嬉しかった。プロ試験に通った時よりも、ずっと。
今や一度死んだ夕日は蘇り、甍の波の隙間から光の名残りをヒカルの目に神々しく
映していた。
(5)
棋院の事務室は改装されて随分小奇麗になっていた。
「塔矢君、それでは先の件、よろしく頼むよ」
「はい、・・・ご期待にそえるか分かりませんが、全力を尽くします」
棋院職員の男は目を細めた。目の前の棋士は常に謙虚で礼儀正しく篤実であり、
実に好ましい。今日も頼もしい返事で安心させてくれる。男はアキラに仕事を
依頼していた。近日開催される碁の交流会のスポンサーは地元の代議士である。
当日は貴賓として迎える彼は当然失礼の許されない相手だが、担当が塔矢アキラ
なら心配あるまい。
男は、頭を下げて辞退したアキラの後ろ姿を見送っていた。
「まじめだなあ、塔矢君は」
アキラの姿は完全にドアの向こうに消えてから、男はぽつりと呟いた。
品行方正、温厚篤実、眉目秀麗の塔矢アキラは棋士としても人間としても、
元名人の息子としても常に完璧である。
(・・・だが、面白味に欠けているのが玉に傷だな)
男はデスクに向かいながら鉛筆で頭を掻き、目の前に溜まった書類の山をどう
片付けるかに意識を戻した。
後日、アキラは棋院の期待に応えて仕事をそつなく完璧にこなした。
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