Pastorale 4 - 6
(4)
「歩いて40分くらいって書いてあるんだけど、大丈夫?
バスも出てるんだけどさ、たまには歩いてみるのもいいかな、と思ってるんだけど。」
「ずっとこの道を?」
「いや、ちょっと行くとピクニックコースみたいのがあるみたい。」
「じゃあ、そっちを歩いて行こうよ。折角天気もいいし、普段運動不足なんだから、そのくらい歩いた
方がいいだろう。」
と、アキラは軽く空を見上げてからヒカルに笑いかけた。
「こっちこっち、」
と、小さな看板を見つけてヒカルが小道に入る。
さっきまで歩いていた道路もさして車が通っていたわけではないが、こちらの道に入るとやはり空気が
変わった気がする。
少し歩くと道路から外れて車の音も聞こえなくなった。風がさやさやと木々の枝を揺らし、時折、鳥の
声が聞こえる。木漏れ日を縫うように蝶がひらひらと舞っていた。
「気持ちがいいね。」
「うん、天気が良くてよかった。」
「こんな風に歩くのって久しぶりだな。小学校の遠足以来かも。」
「あはは、オレもそうかもしんない。」
「ホントに、普段は碁盤の前に座りっぱなしだからね。」
遠足ってどこに行った?とか、その公園ならオレも行ったことある、もしかしてすれ違ったりしてたかな、
とか、その時の思い出話とか、とりとめもない事を話しながら歩き続け、ゆるく曲がった小道を抜けると、
ふっと目の前の風景が開けて、湖面が広がっていた。
思わず二人は立ち止まって湖を眺めた。
湖面を渡る風がさあっと頬を通り抜けていき、アキラの白い首筋が半歩後ろに立っていたヒカルの目に
入って、ヒカルは眩しそうに目を瞬かせた。
(5)
偶然二人の休みが重なって、いつものように碁を打って過ごすのもいいかもしれないけど、たまには
二人で出かけてみたい、そう思ってアキラを誘ってみて、本当に良かった。
こんなに良い天気なのもいつもの行いがいいからだよな、とヒカルは思った。
初夏の日差しをうけて、湖面はキラキラと輝いている。湖の向こう端には岸辺の木々が湖面に映り
込んでいる。その風景をアキラは眩しげに目を細めて眺めている。
ヒカルは一歩下がって、アキラを含めたその光景を眺めていた。
頭上すぐ近くで、いきなり高く唱う鳥の声が聞こえて二人が顔を上げると、軽い羽音を立ててその鳥
は飛び立って行ったようだった。
しばしその後を追うように空を見上げていたアキラが、ふと振り返ってヒカルに笑いかけた。
「行こうか。」
逆光が、アキラの笑顔が眩しくて、まばたきしながらヒカルもアキラに笑みを返した。
「うん。」
そしてどちらからともなく手が伸び、軽く手を繋ぎながら、湖畔を歩き始めた。
少し汗ばんだ手も、並んで歩く時に微かに届く汗の匂いも、不快どころかなんて心地良いんだろう。
そう思って隣を歩く少年の顔を見ると、相手も同じように思っている事がわかって、本当に嬉しくなっ
て、お互いに顔を見合わせて笑みを交わした。
(6)
「あそこ!ボート乗り場!なんか人いなさそうだけど、やってるよな。」
桟橋のようになって、小さな売店と椅子やテーブルも置いてあるところまでたどり着いて、アキラは
一休みしようと思ったのに、ヒカルと来たらボートを見た途端、駆け出して行った。
相変わらず進藤は元気だな、と思い、それに比べて自分の体力不足にアキラは苦笑する。
随分と歩いたので、さすがに少し疲れた。それに喉も渇いた。
軽くあたりを見回して、自動販売機を見つけたので何か飲み物を買おうと思った。
ベンチに座ってペットボトルのウーロン茶を数口飲んで、目を上げると、ヒカルがボート乗り場の管理人
らしき男性とと何か話をしているのが見えた。いつものように、初対面の相手とでも楽しげに話しをして
いるヒカルを見て、アキラは自分の口元がほころぶのを感じた。
「塔矢!」
ヒカルがこちらを見て手を振る。
元気そうに笑っているヒカルが日差しを受けて眩しく輝いているように見えた。
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