日記 4 - 6
(4)
今日、桑原本因坊に会った。
緒方先生に言わせると「老獪なじいさん」らしい。
「ろうかい」って難しいね。辞書で調べちゃったよ。
そんなにやな人かな?
塔矢や緒方先生は、本因坊がオレを気に掛けているって言っていた。
そんなの初耳だよ。
桑原先生は、オレが塔矢先生と新初段シリーズで打つ前から
気にしていたって……。
なんでだろ?
でも、オレは桑原先生のこと嫌いじゃないぜ。
だって、囲碁に戻ろうと決めたとき、塔矢のいるところ教えてくれたしね。
で、図々しくも、桑原先生に変なこと聞いちゃったよ。
「人と別れたことあるか?」てさ。
初対面も同然の相手にだよ。
「失礼にも程がある」って、あの坂巻さんて怖いおじさんに、また叱られそうだよ。
先生はオレのじいちゃんより、年上みたいだし、当然、経験あるよね。
「ありすぎて忘れた。」
先生はそう言った。
「忘れた」は、きっと「憶えている」って意味だと勝手に解釈した。
オレも人に訊かれたら「忘れた」っていいながら、ずうっと憶えてるんだろうな。
(5)
昨日は、日記を書けなかった。
さぼったわけじゃねえぞ。
塔矢のとこに、泊まったからだ。
オレは、日記をつけていることを塔矢に言ってない。
だって、この帳面を買ったとき以上に、笑われそうだ。
それに、きっと持っていっても書く暇なんてなかったと思う。
塔矢のアパートについて、すぐ……。
だー!!これ以上は書けねえよ。
恥ずかしくってさ。
この帳面にはなおさら書けねえ。
それにしても、塔矢って段々大胆になってくるな。
オレ、塔矢ほど経験豊富じゃないから、ついていけないときある。
「進藤は、すれていないとこが可愛いから、そのままでいて欲しい。」
塔矢はしょっちゅうそう言うけど、
本当に、そう思うんなら、もっと手加減して欲しいよ。
時々、恥ずかしくって死にそうになるんだ。
でも、オレだってちょっとは慣れたと思ってたんだけどな…。
(6)
久しぶりに緒方先生のマンションに遊びに行った。
塔矢も誘ったんだけど、来なかった。
まだ、先生のこと怒っているのかと思ったけど、
どうやら気まずいらしい。
先生に失礼なこといっぱいしたから、あわす顔がないんだってさ。
本当は来たいくせに……素直じゃねーな。
で、オレは一人で行ったんだけど、
やっぱり、水槽に引き寄せられてしまった。
別に熱帯魚が特別好きってわけじゃない。
奇麗だとは思うんだけどさ。
なんでかなー。魔法みたいに引きつけられるんだよ。
オレも塔矢のこと笑えない。
いつまでも、過去のことを引きずってる。
先生が紅茶を入れてくれた。
オレがその中にブランデーを入れてくれるよう要求すると、
先生は「しょうのない奴だ」と笑った。
オレが、あんまり「もっともっと」と言ったので、
先生に「いい加減にしろ」と小突かれた。
ブランデー味の紅茶に、オレは頭がポーとなった。
いい気分になったので、先生の唇にチュッとキスしてしまった。
先生は苦笑い。
その後、そのまま寝ちゃったらしい。
オレは大人になっても、酒を飲まない方がいいな。
誰彼かまわずキスしてまわったら大変だもんな。反省。
とりあえず、塔矢には黙っとこ。
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