痴漢電車 4 - 6
(4)
毎週土曜日は、和谷のアパートで研究会を行っている。参加者は伊角や、冴木、門脇など
若手棋士が中心だ。当然、ヒカルも参加している。
皆、研究熱心で、刺激になり勉強になることが多いが、別の意味でも勉強になることも
多かった。
夜も更け、集中力が途切れ始めると、いつの間にやら宴会が始まっている。未成年者に
酒は御法度。だが、男ばかりの気楽さからか、気が付けば、みんな飲むようになっていた。
もっともヒカルは初日に飲み過ぎて、ひっくり返って以来、アルコールは極力控えていた
のだが…………。
首謀者は大概門脇であった。彼は参加者の中で一番年長で、明るく、気安かった。大学の
四年間と社会に出ていた三年間で、良いことも悪いことも多くのことを経験していた。
囲碁以外の世界を知らないヒカル達にとって門脇が教えてくれる外の世界は新鮮で、
おもしろかった。例えそれがむさ苦しい男ばかりでやって楽しいのかと疑問に思うような
ものであっても………。
今日も研究会→飲み会→ゲームといういつも通りの展開だった。
「じゃ、今日は山手線ゲームでもするか〜」
いい色に染まった門脇が告げた。
「負けたヤツはコレな。」
紙袋をみんなの前に放り投げた。その衝撃で、中身がこぼれ出た。派手な色合いの布地だった。どうやら、一枚ではないらしい。
「何コレ?」
和谷がそのうちの一枚を不思議そうに広げた。
(5)
それは、ウサギの耳に、黒い網タイツ。バニースーツだ。和谷は門脇を振り返り、困惑の声を
上げた。
「門脇さん、何だよコレ!?」
「宴会グッズだよ。知ってるだろ?」
もちろん、知っている。パーティー用のお遊び衣装だ。粗悪な布と頼りない縫製で、見た目も
安っぽいが、宴会にはコレで十分である。あくまでも場を盛り上げるのが目的で、着心地など
二の次三の次であった。
「負けたヤツがそれ着んの!?」
「その通り〜」
素っ頓狂な声を上げたヒカルに、門脇は酒臭い息を吹きかける。そうとうまわっているらしい。
他の連中も似たり寄ったりで、素面なのはヒカル一人であった。
「おもしれえ!」
「やろーぜ!」
青い顔をしているヒカルをのけ者にして、酔っぱらいどもは派手に盛り上がっていた。
こうなっては、ヒカルも参加しないわけにはいかない。帰ると言っても、無理に引き留められる。
「ヒカルちゃーん………冷たい………お兄さんのことそんなにキライ?」
門脇がヒカルに負ぶさってくる。酔っぱらいに論理は通用しない。
タチが悪いぜ―――ヒカルは大きく溜息を吐いた。
(6)
そういったわけで、この後、ヒカルは世にも恐ろしいものをその大きな二つの眼に映すことに
なってしまった。
パンストに包まれた臑毛の渦巻く向こうずねを見せつける怪異なOL。股間が盛り上がった
筋肉質のバニーガール。たくましい太腿をきわどいスリットから覗かせるチャイナガール等々。
『ぜってえに負けられネエ―――――――――――――!!』
ヒカルは、他の連中が二度三度と負け続ける中、一人で勝ち続けていた。それは、
アルコールが入っていないせいもあるだろうし、何より気合いの入り方が違う。
「あ〜腹痛ェ………そろそろ一巡したか?もう次でやめるか?」
笑いすぎて、声も出ないらしい。ハアハアとつっかえながら、門脇が宣言した。
次で終わり…………その言葉が緊張を断ち切ったのだろうか?ヒカルは、最後の最後で
躓いてしまった。
「ワハハハ!進藤の負け〜」
「進藤、初めてか?」
周りが嬉しそうにはやし立てる。どうやら、ヒカルだけが恥をかいていないのが、おもしろく
なかったらしい。こういう場所ではノリの悪いヤツは嫌われるのだ。
「初めての進藤にはコレな。」
そう言って、手渡されたのはセーラー服。
「それ、サイズが小さくて誰も着れなかったんだ。進藤ならイケるだろ?」
呆然とそれを眺めるヒカルに、門脇がトドメを刺した。
「何なら、終わった後進呈するぞ?」
ヒカルの頬は、カッと熱くなった。
「いらねーよ!バカ!あっち向いてよ!」
ヒカルは悪態を吐いた。プロになったのはヒカルの方が早くても、年齢は一回りも上の
相手に対してだ。しかし、門脇は気にする様子もなく、「ハイハイ」と肩をすくめて後ろを向いた。
他の者達もそれに習う。
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