塔矢邸 4 - 6


(4)
しかしいくらヒカルでも、限界があった。
良い勝負に持ち込みかけたと思っても、するりとアキラの石はヒカルの先手を読み
勝負を奪っていってしまう。
一度は集中力で蹴散らした熱が、再び熱く尽き上がってヒカルの体内を遠火で炙りはじめる。
次第に前屈みになり、閉じた膝をよじりだしたヒカルにアキラが声をかけてきた。
「…どうしたんだい、進藤。君の実力はこんなものじゃあないはずだろう?」
アキラにそうたしなめられ、ヒカルはカッとなった。
「ずる…いよ、塔矢…!」
「ずるい?何が?」
「お前…オレに何か…変なもの…夕食に…」
それを聞いてアキラはクスッと笑った。
「確かに少し、君の食事に混ぜさせてもらったよ。…でもね、」
そう言いながらアキラの呼吸もわずかに熱を帯びていた。
よく見るとアキラの額にも汗が滲んでいる。ヒカルはハッとなった。
「…ボクが、君と違う条件で碁を打つとでも…?」
アキラも固く膝を閉じていたが、その中央が僅かに濡れたように滲み、膨れあがっている。
「待っているんだよ、ボクも…君が、ボクを負かすのを…」


(5)
口ではそう言いながらもアキラの指す手は一向に緩む気配がない。
ヒカルの体の中心は溢れそうな熱の波が押し寄せては引き、
ヒカルから冷静な思考力を奪って行く。
だが、アキラが本当に自分と同じ状態で打っているのなら負けられない。
アキラはそういう事で誤魔化したりウソを言ったりは絶対ない。
同じものを同じだけ服用したのならアキラも相当辛いはずだ。
なのに僅かばかり荒い呼吸で肩を震えさせながらも正座の姿勢をくずさないアキラの手前、
ヒカルも今以上腰を捩ったり、ましてやその部分に手で触れる事は出来なかった。
冷笑を浮かべてアキラはそんなヒカルと自分の状況さえも楽しむ余裕さえ見せている。
「くっ…そおっ…」
体のあちこちを蜘蛛の子が這うような感覚の中でヒカルは必死に歯を食いしばり、
神経を盤上に集中させる。
そうしてようやく、ヒカルはそこにある活路を見い出した。
石の流れを読み取り、地を奪いアキラを責め立てる。
「く…っ…」
アキラも、僅かに押され気味になると苦しげな表情を浮かべるようになった。
「ん、ん…」
アキラの方にも感覚の波があるらしく、少し気がそれると苦しげに目を閉じ、
必死でその波を追い散らそうとしているようだった。
そして出来た一瞬の隙をヒカルは逃さなかった。


(6)
ヒカルの打った好手にアキラは迷い、時間が取られた。
それでも間際にアキラは石を置こうとしたが、その手首をヒカルが掴んだ。
「時間切れだ、…塔矢。」
「…何を言っているんだ。ギリギリで…間に合ったはず…」
そう言って睨み返そうとするアキラの手をヒカルが強引に引き寄せた。
「あ…っ」
アキラが体のバランスを崩して碁盤に手を着き、碁石が床に散らばった。
「…負けましたと言え、塔矢」
ヒカルはアキラの肩を掴んで、顔を近付けた。互いの唇が近付き、吐息が重なる。
「まだ…勝負は…」
それでも強気で抵抗してアキラは顔を離そうとした。
「負けましたと、…言え!」
ヒカルがアキラの肩を激しく揺さぶった。アキラは小さく悲鳴を上げた。
そこまでがアキラの限界らしかった。
「負…け…ました…」
言い終えたアキラの唇をヒカルが自分の唇で塞ぎ、荒々しく奪った。
そのまま畳の上にアキラの体を組み敷いて覆い被さると、アキラの口を吸いながらアキラの
ズボンのファスナーを探る。アキラもまた、ヒカルのズボンを探った。
「…ったく、素直…じゃない、塔矢…、お前は…」
「悪くなかったはず…進藤、君だって…」



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