散光 4 - 6


(4)
やめてください、と言葉と行動で拒絶すればすぐにでもユン先生は止めるだろう。
そして「すまなかった、つい」と、謝り、少し気まずい空気は流れるだろうけど
もう会う事もないだろうから多少軌道を外れた師と生徒の別れ、で済む。
それだけ先生はボクの事を気にかけてくれていたのだと片付ければいい。
だけどそうは出来なかった。そんなに強い力ではなかったのに、先生の両手から顔を引き抜く事が
出来なかった。少しくらい構わないと思ったのだ。
差し込められた舌がアキラの舌を捕らえて絡み付き、優しく愛撫してくる。
開きかけた目蓋を閉じてアキラは先生のキスを受け入れた。
目を閉じても狂い咲く桜の映像が頭の中に鮮明に映る。
桜に酔ったのかもしれない。
抵抗の兆しのない相手の唇を先生は奪い続け、やがて頬から両手を離して力一杯
目の前の体を抱きしめて来た。唇を離して片手で頭を抱くようにしてもう片方の腕を
背中に回し、息が詰まる程に締め付ける。
アキラもそおっと先生の背中に両手を回して優しく撫でた。
「お世話になりました」と小さく声を掛けて、そうして離れる。それで終わりだ。
だが先生の腕の力はなかなか弱められなかった。むしろ力が込められてきた。
そして背中に回されていた先生の手が制服のズボンとシャツの隙間から直接肌に触れて来た。
小さくアキラは体を震わせた。
背骨に添うように先生の温かい手が背中を上がって来たのだ。


(5)
「手放したくない。」
ほぼ耳に唇が触れそうな場所で囁かれる。実際先生の熱い息が耳の中に吹きかかり
舌が這って来た。
「はうっ…!」
脳まで直接触れられたような電気が走り、首や腕に鳥肌がたつ。
逃げようにも頭を抱えられ思うように動けない。
背中にあった手は脇の方に移動し指で下から肋骨を一段一段確かめるように再び上がって来る。
そのまま一歩一歩押されるように移動する。背後には隣の準備室のドアが半開きになっていた。
その部屋に連れ込まれる事がひどく恐ろしい事のように思える一方でその部屋で起きる事を
期待するものが頭をもたげて来る。
すでに熱いものがアキラの体の中心部に向かって流れ込みかかっていた。
アキラは孤独だった。父親も進藤も緒方もここしばらく周囲に居なかった。
理屈ではなく自分に向かって真直ぐに注ぎ込まれる熱情に心と体が飢えていた。
移動しながら手は先生の背中を掴んでいた。
「無理な事はしない。約束する。」
先生の胸に顔を埋めたままその言葉にやや間を置いて小さく頷く。
二人の姿を収めてドアは閉められた。
周囲の壁を戸棚で埋め尽くした中の狭い空間の中にやや不釣り合いに背もたれと
ひじ掛けのある大きな椅子があった。
押さえ込まれるようにその椅子に腰掛けさせられた。


(6)
椅子は背もたれの上にさらに頭を乗せる部分がついたものだった。
ユン先生が座席の下のレバーで背もたれをいっぱいに倒した。
ひじ掛けの上のアキラの両手の上に自分の両手を添えるように乗せて、片膝をアキラの
腰掛けている脇についてしばらくの間アキラの唇を貪るようにキスをしていた。
その部屋の窓からも桜の花が見えた。
先生はキスを重ねながらアキラの両手をアキラの頭の方に持って行った。
「…?」
アキラは、何かできゅっと左手首が締まるのを感じた。
「先生…?」
続いて右腕が動かなくなった。背もたれと頭を乗せる部分の間の金具の向こうに
革ヒモのようなものがあって片手で何かをそこに縛り付けられるようにされていたのだった。
「あまり動くと、締まり過ぎるからね。」
先生はあくまで優しい笑顔を崩さなかった。だがアキラは背中に冷たい汗が浮き出るのを感じた。
「嫌です…縛られるのは」
アキラは手を動かそうとした。だが引き抜こうとしても手首の周囲の圧迫感が増すだけだった。
先生はハンカチを取り出すとまだその分の余裕のある手首とヒモの隙間に丁寧に詰めた。
「ユン先生…!」
アキラの上にのしかかり声を止めるようにキスで再びアキラの唇を塞ぎ味わうと、
傍らの窓際の机の引き出しに手を伸ばし中からもう一枚大きめのハンカチを取り出し、
アキラの口に噛ませて頭の後ろで縛った。



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