光彩 4 - 7


(4)
アキラはヒカルの唇の柔らかさを何度も思い出していた。
ヒカルが情緒的にはまだ幼い子供と同じだと言うことはわかっている。
そんなヒカルが愛しいのだからしょうがない。
自分が早熟だったのでよけいにそう思う。


アキラにとって緒方とのことは、好奇心からだった。
緒方にとっても、ただの退屈しのぎだったのに違いない。
もちろんその行為はお互いに快楽をもたらすものだ。
でも、それだけだ。
緒方との関係は対局に似ている。
お互いに相手をいかにねじ伏せるか。
相手の手を読み自分を有利に運ぶにはどうするか。
そんな感じだ。

アキラはヒカルへの思いを自覚した後も、緒方との関係を続けていた。
ヒカルを思い、体が熱くなってたまらないときに、緒方に冷まして貰うのだ。
アキラは、緒方を利用しているのだ。
緒方も同じ様なものだろう。

緒方の手が自分の体に触れる。
緒方の指―あのしなやかな自在に石を操る指先―が
与えてくれる快楽を追いながらも、頭のどこかがさえていた。
口づけを交わしながら緒方を盗み見た。
緒方も冷めた目で自分を見ていた。
体はこれ以上ないくらい昂ぶっているのに、気持ちは冷めている。
ボクと緒方さんは似ている・・・。そう思った。


ヒカルとだったらどんな気持ちだろうか・・・。
思うだけでもうたまらなかった。
緒方との行為を自分とヒカルに置き換えてアキラは自分を慰めた。
ヒカルの体に触れたい。
ヒカルの体に口づけたい。
心臓の鼓動が早い。呼吸がどんどん荒くなる。
「進藤・・・進藤!!」
目の奥が熱い。何も考えられなくなった。

手の中に吐き出したものを始末しながら、ため息を一つついた。


(5)
朝がきても、まだ、ヒカルは自分の気持ちを整理できていなかった。
いくら考えてもわからない。
アキラが好き。これは間違いない。でも・・・。
キスをされたとき、驚いた。
そんなこと考えたこともなかった。けど、抵抗もしなかった。
アキラは大事な友人でライバルだ。本当にそれだけ?
嫌か?と聞かれてあわてて首を振った。これも事実だ。
ただアキラが離れていくのは嫌だった。それだけは絶対に嫌だった。

みんな自分の気持ちにどうやって折り合いをつけているんだろうか。
自分が子供だから理解できないのだろうか。
大人になればわかるようになるのだろうか。

佐為に側にいてほしい。
「佐為・・・」
佐為はいない。
誰かに聞いてほしい。
「佐為・・・オレわかんねぇよ・・・」
誰かに助けてほしかった。


階下から母の呼ぶ声が聞こえる。
「起きなさい。ヒカル。遅れるわよ。」
今日は大事な手合いの日だった。
大きなため息がでた。


ヒカルは棋院に行きたくなかった。
混乱した頭のままでアキラにあいたくなかったからだ。
どんな顔してあえばいいんだ。
どうしよう。遅刻していこうか。
朝はあわずにすんだとしてもアキラのことだ、
早々に勝負をつけて自分を待つに違いない。
そんなことをあれこれ考えているうちに、目的地に着いてしまった。


(6)
「進藤!」
アキラがヒカルに声をかけた。
ヒカルが来るのを待っていのだ。
「塔矢・・・」
ヒカルが目を丸くしていた。
棋院につくなり、アキラにいきなり声をかけられてびっくりしたのだ。
その顔がとまどいと恥ずかしさで赤らんでいく。

アキラはヒカルの表情に困惑の色が浮かんでいることに気づいていた。
昨日のことで悩んでいるのだろう。
本当は自分に会いたくなかったのに違いない。
アキラはヒカルが自分に好意を抱いていることは間違いないと確信している。
だが、ここで強引に迫ればヒカルはますます混乱して、自分から逃げてしまう。
「進藤、おはよう。今日の対戦相手は誰?」
当たり障りのない話をした。
ヒカルの大きな目が見開かれ、すぐに細められた。
ヒカルは、アキラのいつもと変わらない様子に安心したのか笑顔で答える。
可愛かった。
とりとめのない話をしながら、アキラは改めて彼は単純な子供なのだと思った。
それは前からわかっていたことだったけど・・・。苦笑してしまう。
今のヒカルの世界には好きか嫌いかだけで、その好きの種類まで考えることができないのだ。
幼くて単純なヒカルをアキラはなおさら愛しく思う。
思いを告げるのは早すぎたのかもしれない。
ヒカルのためにしばらくは今のままの関係でいよう。
笑いながら一生懸命に、自分に話しかけるヒカルをアキラは優しく見つめた。


(7)
ヒカルは上機嫌だった。
対局にも勝てた。
実は、睡眠不足とアキラのことで自信はなかったのだが、
棋院についた後、後者の悩みはきれいに消えてしまった。
我ながら単純だ。
アキラがいつもと変わらず自分に接してくれた。
それだけでもう安心してしまったのだ。

これは、アキラが返事を急がないということに違いない。
そうヒカルは解釈した。
アキラは本当に優しい。
アキラの些細な行動に、一喜一憂している自分をヒカルは自覚していなかった。


棋院を出て、帰る道すがらもずっと浮かれていた。
自然と笑みがこぼれる。
大声で歌でも歌いたい気分だった。

「ご機嫌だな。」
後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返った。



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