初めての体験 Aside 番外・ホワイトデー 4 - 7
(4)
「こんにちは――――塔矢〜いる〜?」
あ、あのハニーボイスは………!ボクは、慌てて玄関に走った。
引き戸を開けると、進藤が大きな荷物を抱えて立っていた。お泊まり仕様だ。ボクの目が
バックを凝視していることに気づいたらしい。進藤は頬をちょっと赤らめた。
「えへへ…」
照れくさそうに笑う進藤。激ラブリー。ボクの下半身は既に臨戦態勢に入っていた。
だけど、ここはグッと我慢だ。進藤と二人でティータイム。スウィートホワイトデーを
堪能するのだ。
ボクはにこやかに進藤を招き入れた。
「あれ?なんか甘い匂いがするね?」
進藤がボクの髪に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。胸がドキドキする。進藤とは、
あんなこともこんなことも、とっくの昔に経験済みだと言うのに………ボクにもまだ純情な
ところがあったんだなと今更ながら驚いた。
「う……うん…進藤がおいしいって言ってくれたから…」
「え?チョコ作ってくれたんだ?」
進藤の瞳がキラキラと輝いた。
「うん、ケーキだけど…」
「ケーキ?スゲーなオマエ!」
言い様、勝手知ったるとばかりに、彼は居間へと駆けていった。
進藤は、テーブルの上に用意されたケーキを見て、目を丸くした。
「スゲー………」
進藤が、感動している。ふふふ………。
「あれ?コレ何?飾り…じゃない…なんか書いてある…」
ケーキの表面にボクがアイシングで入れたメッセージだ。そこにはフォント20Pぐらいの
文字で「進藤愛」と、びっしり書かれている。
それを見た進藤は、俯いて黙り込んでしまった。
しまった――――――――――!!ひかれたか!?
ちょっと偏執的だったか?ウケを狙ったつもりだったのに…………慣れないことはするもんじゃない。
(5)
ところが――――――――
「………もう…塔矢……バカ…」
進藤はほんのりと目元を染めて、ボクを流し見た。ゾクリとした。下半身から震えが駆け上がってくる。
「そんなことわかってるよ……バカだな……ホント…バカ…」
ああ〜押し倒したい!したい!したい!すぐ、したい!
「し、し、し、しんどぉ………!」
ボクが進藤の肩に手をかけようとした瞬間、彼はそれからするりと避けた。
「ダメ!ダメだよ…これから、このケーキ食って、碁を打って…それから……だよ…」
最後の方をゴニョゴニョとごまかして、進藤が真っ赤な顔で俯いた。
「そ、そうだよね…!」
声がひっくり返ってしまった。恥ずかしい。ちょっと焦りすぎた。
ボク達はお互い真っ赤な顔で俯いてしまった。何とも言えない雰囲気が部屋に充満している。
色に例えると艶めかしいピンク色のような甘酸っぱいレモン色というか………なんというか
ドキドキする。
「あ、そだ!オレ、オレもおやつ持ってきたんだ…」
進藤が、その妙な空気を払拭しようと話題を変えた。
「ほら、コレ。」
と、鞄の中から二十センチ四方の缶を取りだし、ボクに手渡した。
「クッキーだよ。」
進藤は、そう言って笑った。
(6)
し、し、し、進藤の手作りクッキー!?ボクは、興奮して震える手で、ふたを開けた。
甘くて、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「……………こげてない……」
そこには、こんがりときつね色に焼き上がった、可愛らしい星やハートのクッキーが
ぎっしりと詰められていた。
「……………………………………………………………………………………」
なんだろう……この寂寥感は……………。ボクは自分の気持ちに戸惑っていた。この
見るからに美味しそうなクッキーを前に、何故、物足りなさを感じているのだろう………。
進藤の料理の腕前がレベルアップしているのなら、それは喜ぶべきものではないのか?
それなのに、こげていないからと言って、どうして、がっかりする必要があるんだろう。
「どうしたんだ?食べネエの?」
進藤が、クッキーを前に黙りこくったままのボクを不思議そうに覗き込んだ。
「え…た、食べるよ…食べる…」
一つを口に運んだ。………………美味しい。さっくりとした歯ごたえといい、口の中で
簡単に崩れる舌触りといい、抑えめにした甘さといい、どこをとっても申し分がない。
それなのに――――――――ふぅ………
進藤が子犬のような汚れない瞳でボクをジッと見つめている。感想を要求しているのだ。
「美味しいよ。」
ボクは、にっこりとほほえみかけた。コレは本当のことだ。しかし、ウソをついたような気持ちに
なるのは何故だろう。
「よかったぁ!お母さんに言っとく!」
そう言って、進藤が、無邪気に笑った。ボクはというと、そのとききっと間の抜けた顔を
していたに違いない。
ボクの視線に気づいているのかいないのか
「オレが作ってもどうせ失敗するから、お母さんに頼んだんだぁ。」
と、美味しそうにクッキーを頬張る。
(7)
そうか!やっぱり進藤が作ったんじゃなかったんだ!どうも、気が乗らないと思ったら、
進藤が可愛い手で“こねたり”“ねったり”“丸めたり”していなかったせいなんだな。
ボクの進藤センサーに狂いはなかった!
「でも、型はオレが抜いたんだぜ。」
ふうん………この可愛い型は進藤が抜いたのか………そう思うと突然愛しくなってくる。
けれど―――――ボクは星形のクッキーを手の中で弄びながら
「でも、ボクは焦げててもいいから、進藤に作って欲しかったな……」
ぽそりと呟いた。本当に小さな呟きだったのだが、その言葉を進藤が聞きつけて、
「えぇ!でも………………じゃ、今度、がんばってみる………」
と、頬を染めてボクに負けないくらい小さな声で囁いた。
なんだか、また、ピンクとレモン色の雰囲気が漂い始めたので、ボクは慌てて話題を変えた。
「進藤、今日のその服すごく似合っているね!」
進藤は新しいパーカーを着ていた。明るいオレンジ色は元気な進藤にぴったりだ。
「ホント?オレも気に入ってるんだぁ。」
彼はボクによく見えるように、両手を広げた。うん…本当によく似合っている。今度、それに
あう靴をプレゼントしよう。
今日はとてもいい日だ。ケーキを幸せそうに頬張る進藤を見て、ボクはしみじみと幸せを
噛みしめた。
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