誘惑 第三部 40


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アキラはヒカルの方には来ずに、そのまま対局室に入り、自分の場所に座って静かに目を瞑った。
対局室のアキラを、皆、遠巻きにしながらも気にしていた。
考えてみれば当然だ。誰の目にも一段と存在感を増したように見えるアキラは、本来ならばとっくに
この場には相応しくない。もっと上のステージで輝くべき筈の人間だ。
対局相手が気の毒だ、と、誰もが思った。今日は確実に白星をあげられないのだから。
その相手を羨ましいと思ったのは、ヒカルただ一人だったかもしれない。
彼の正面に座って対局する相手を、彼の真剣な視線を、真剣な一手一手を受ける相手を、ヒカル
は妬ましいとまで思った。大半は純粋に棋士として、自分こそが彼と対局したいと思ったからだが、
どこかに小さく、彼に恋する気持ちの中で、彼の全てを独占したいという思いがあるのをヒカルは
知っていた。

オレ、もしかしてこれから、あいつと対局するヤツに一々シットしちゃうのかな。それってマズイよな。
でも、オレとの対局がやっぱり一番だって言って欲しい。
ああ、早く、塔矢と真剣勝負の場で対局したい。
でもそのためには、あいつがたまたまここに来るのを待つんじゃなく、あいつのいる所まで、早く勝ち
登っていかなくちゃ。
でも、まずは一歩一歩だ。あいつのいる所に上がっていくためには、どんな対局だって落とせない。
油断していい相手なんていない。
ヒカルは目を閉じて深呼吸し、それからぱっと目を開いて目の前の盤面を静かに見つめた。



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