金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 40 - 41
(40)
「用意するから、ちょっと待ってて。」
ヒカルを部屋の前で待たせて、自分一人で中に入った。押入の中から、布団を取りだして、
畳の上に置いた。胸がドキドキする。もしかしたら、夢を見ているのではないだろうか。
本当の自分は、今、この部屋の中で一人で眠っているのかもしれない。
―――――寂しいから…ずっと好きだったから…こんな夢を…
「塔矢…まだ?」
後ろを振り返ると障子の陰からのぞいているヒカルと目があった。ヒカルはソワソワと
落ち着きなくアキラに呼ばれるのを待っていた。
やっぱり、これは現実だ。アキラの口元は自然にほころんだ。入っておいでと手招きすると、
ヒカルは小走りに寄ってきて、布団の上にちょこんと正座した。アキラもヒカルに習って、
二人で向かい合うように座った。
ヒカルは至極真面目な顔で、「お願いします」と言った。まるで、これから対局を始めるかのような
その態度にアキラもつられて「お願いします」と頭を下げた。 端から見ればすごく滑稽に
見えるだろうが、二人とも大まじめだった。
アキラは、ヒカルの頬にそっと手を当てた。触れるか触れないかほどの微妙な位置。指の
先で軽くなぞった。
「オマエさあ、なんでそんなおっかなびっくり触るの?」
ヒカルが首を傾げて訊ねる。
言われて初めて気が付いたように、アキラは手を引っ込めた。
「いや…あの…触ると死んじゃうんじゃないかと思って…」
「オレが?」
ヒカルが目を見開いて、自分を指さした。
「キミが。」
と、アキラは頷いた。
「何言ってンだよ…バカだな…なんでそんなこと…」
「そうだね…ヘンだね…」
とぼけてごまかした。まさか、金魚とだぶらせて見ていたとは言えない。
「ヘンなヤツ〜」
ヒカルが笑った。耳を擽るような快活な声。つられるようにアキラも笑う。
ひとしきり二人で笑ったあと、また、沈黙が訪れた。
(41)
「もう一度だけ訊いておくよ。」
笑いを納めて、真剣な顔を作ると、ヒカルも同じように神妙な顔つきになった。
「本当に、酔っていないんだね?」
「しつこいな…酔ってネエってば!」
「あとで酔っていたから、無効だなんて言わないね?」
「くどいぞ!」
プーッと頬をふくらませるヒカルにアキラは手を伸ばす。まず、髪に触れた。さらさらとした感触。
それから、額から頬へと指を滑らせた。さっきと同じように、最初は指先だけで…それから
両手で包み込むようにしっかりと撫でた。
ヒカルはその間動かなかった。時折、ヒカルがアキラをまねて手を伸ばし掛けていたが、
自分に触れる直前で戸惑ったように手を下ろしてしまう。
暫く惑いながら彷徨っていた手が、意を決したようにアキラの項に触れ、引き寄せられた。
それを合図に、ヒカルの頬に触れていたアキラの指先がセーラー服のカラーを滑り、スカーフを
抜き取った。水のように淀みないあまりに自然なその手の動きに、ヒカルは目を見開いて驚いていた。
シュッと軽い摩擦を服に与え、ヒカルの目の前を薄羽根のようなスカーフがふわりと舞った。
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