うたかた 40 - 41


(40)
 耳元で優しく囁く冴木の声を掻き消すように、ヒカルは首を横に振った。
「なんで…?進藤はオレのことが嫌い?」
「ちが…う、けど…っ」
「…加賀ってヤツのことが好きだからダメなのか?」
 ヒカルの上気した頬が更に染まったのを見て、冴木は眉をひそめた。
「オレが初めてこの部屋に来たとき、進藤が言ってた『アイツ』って…加賀のことか?」
「え?」
「進藤にあんな悲しそうな顔させるヤツのことなんか、忘れちゃえよ。」
 冴木はヒカルを抱きしめると、熱い唇を何度も奪った。その間から舌を差し入れてヒカルのものを絡め取る。
 ヒカルは抵抗したが、その細い腕ではたかが知れたものだった。冴木も負けず劣らず細身ではあるが、こう見えて筋肉はちゃんとついているのだ。
「……加賀‥は…」
 キスの合間にヒカルが小さく声を上げた。
「加賀は…オレの傍にいてくれるって、言ったんだ……。」
「だから加賀のことが好きだって言うのか?進藤、それは恋じゃないよ。」
「え……」
 諭すように言うと、ヒカルの大きな瞳はゆらゆらとさまよった。混乱しているのが手に取るようにわかる。
(あと、もう一押しだ。)
 冴木はヒカルの両肩を掴み、しっかりと瞳を見据えた。


 ────白星を掴むのは、オレだ。


(41)
「進藤、インプリンティングって知ってる?」
「いん…?知らない…」
 冴木は目を細めてヒカルの頭を撫でた。
「ヒヨコが生まれて初めて見たものを親だと思ってついてまわるだろう?あれだよ。刷り込みとも言うな。」
 そういえばヒカルもその前髪のせいか、ヒヨコのようだ。本人に言ったら、顔を真っ赤にさせて怒るだろうけど。
「あー…なんか聞いたことあるかも。」
「進藤は今、インプリンティングの状態なんだよ。」
 ヒカルはいまいち冴木の言わんとしていることが飲み込めず、大きな瞳をただぱちぱちと瞬かせていた。
「だから、進藤は加賀のことが好きなんじゃなくて、初めてセックスした相手だから、好きなんだと思いこんでるんだってこと。」
「そ…、そんな‥こと……」
「違うって言い切れるのか?」
 俯いて黙ってしまったヒカルの顎に手をかけて、上を向かせる。
「…試してみる?」
「……な、にを…?」
 ヒカルの肩が小さく震えているのを見て、冴木は自分がひどく嗜虐的な気持ちになっていることに気付き、思わず苦笑した。
「オレも進藤に刷り込みしたいなぁ。」
 息がかかるほどの近さでそう囁くと、ヒカルはたちまち熟れたトマトのように真っ赤になった。
「お、おれ…っ、」
 座ったままじりじりと後ろに下がるヒカルの腰に手を回し、熱い頬に口づける。
「進藤」
 ヒカルの渇いた唇を舐めて下唇を甘噛みすると、声と溜息の中間のようなものを洩らした。
「オレだって、進藤が望むならずっと傍にいてやる。」
「…さえ‥き、さ…」
「寂しいときはこうやって抱きしめててやるよ、進藤。」
 落とせる。
 冴木がそう確信した瞬間、思いがけず邪魔が入った。
「あ…。」
 ヒカルに触れている冴木に怒鳴りかかるような、大音量の着メロ。
「は、はい。」
 冴木の腕をくぐり抜けて、ヒカルが電話に出た。相手はだいたい想像がつく。
「あ、加賀…」
 ヒカルの声が何となく嬉しそうなのも癪にさわる。
(随分タイミングいい電話だな。どこかで見てるのか?)
 冴木に背を向けているヒカルの腰を抱き、ケータイに当てている方とは逆の耳を舐め上げる。
「ひゃっ…!」
 さ、冴木さん、とヒカルが小声で抗議したが、それすら可愛くて冴木はもう一度ヒカルの肩口に顔を埋めた。
「え?う、ううん。なんでもない。」
 ヒカルが加賀に言い訳しているのを聞いて、少し優越感が湧く。
 加賀は、いまヒカルが他の男の腕の中にいることを知らないのだ。
 段々大胆になってゆく冴木の手に、ヒカルが手足をばたつかせ始める。
「ちょっ…冴木さんっ!!」
 思わず大きな声を出してから、ヒカルはハッとしたようにケータイを見た。



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