日記 40 - 42
(40)
自分の悩みは解決した。アキラに、よけいな秘密を持たなくてもすんだのだ。ヒカルは、
日記を取り出して、久しぶりにペンを持つ。ページをめくって、日付を書き込んだ。
「なんか、ずいぶん間があいちゃったなー」
やっぱりオレの考えすぎだった。
犯人は和谷!でも、イタズラだったってさ!
すっげえ悩んだのに……ホント、和谷のバカ!
絶対、和谷は違うと信じてたのに!!
でも、ハンバーガー、おごってもらったし、許してやるよ。
今度やったら、絶交だからな!
ホッとした気持ちが、行間から滲み出る。怒るよりも嬉しい気持ちが勝っている。
ヒカルは、クスクス笑って日記を閉じた。そこに描かれたリンドウまでもが、ヒカルの
気持ちに同調して、笑っているように見える。
――――――そうだ!
ヒカルは、鞄を持って立ち上がった。
トントンと軽い調子で、階段を駆け下りると、玄関から、母に言った。
「お母さーん。オレ、ちょっと買い物に行ってくる。」
(41)
ヒカルは通りから、花屋の店先をちらちらと覗いた。何せ、未だ花なんて買ったことがない。
第一、花の名前なんて、ひまわりとチューリップくらいしか知らなかった。今は、
それにリンドウが加わっているが…。
店を覗いているヒカルに気がついて、主が笑いながら、奥からでてきた。
「いらっしゃい。お母さんのお使いかい?それとも、ガールフレンドにプレゼント?
何が欲しいの?」
「あの…おじさん…オレ…」
ヒカルは、もじもじした。自分が欲しいのだと言うのに、少し抵抗があったし、花を
買うだけなのに、すごく緊張している自分がおかしかった。
「おじさん…オレ、リンドウが欲しいんだけど…」
思い切って店主に希望を言う。店主は、言いにくそうにヒカルに告げた。
「リンドウかい…あれはねえ、秋の花だから、まだちょっと早いんだよ…」
「秋の花?」
ヒカルは秋の花と聞いて、少しがっかりした。それでは、今は手に入れられないのだ…。
「夏に咲くのもあるよ。ほら、これとか…こっちもそうだよ。」
店主は、花の名前を説明してくれたが、ヒカルには憶えられなかった。それに、教えて
くれた花の色は白いし、白くない奴は、ヒカルの思っていたのとは、かなり違っている。
「これも…リンドウなの?オレの知っているのと全然違う…」
「そうだねえ…君は、瑠璃色をした釣り鐘型の可愛い花が、欲しかったんだろう?」
ヒカルは、悄然と肩を落として、こくりと頷いた。ヒカルがあまりに落胆しているので、
店主は、「入荷したら、とって置いてあげるからまたおいで」と親切に言ってくれた。
ヒカルは礼を言い、それから、切り花ではなく、鉢植えが欲しいことを伝えた。
店主が、笑って頷くのを見届けて、ヒカルは店を出た。
(42)
アキラに見せようと思っていたのに…。ヒカルは、本当にがっかりした。もっとも、
アキラのことだから、本物のリンドウを見たことぐらいあるだろうけど…。
ヒカル本人は、リンドウの花の匂いも、大きさも何も知らない。だから、本物の花が
見たかったのに―――残念だ…。それにしても……。
「秋の花かあ…らしいよなぁ…」
ヒカルは呟いた。リンドウと秋はよく似合っている。秋の花だと聞いて、ますますヒカルの
大好きなあの人に、ぴったり合っている様な気がした。
―――――ちりーん…
どこかの店先から、澄んだ音色が幾つも聞こえる。少しずつ、違う透明な音が、耳に
心地いい。
「風鈴かぁ…」
ヒカルは、音のする方へ駆けて行った。
「進藤。」
後ろから声をかけられた。振り返ると、アキラが走って、こっちへ来るところだった。
「今、君の家に行こうと思っていたんだ。」
アキラは、ヒカルと肩を並べて言った。
珍しいな…二人で逢うときは、ヒカルがアキラのところへ行くことがほとんどだった。
逢えば必ず、お互いを求めあうからだ。ヒカルの部屋では、ちょっと気まずい。
「何かあったの?」
ヒカルは首を傾げて、アキラの顔を見た。
「いや…何か、急に逢いたくなって…迷惑だった…?」
ヒカルは、アキラの手をそっと握った。
すごく嬉しくて、すごく照れくさい。人通りがないから出来ることだ。アキラも手を
軽く握り返してきた。
そのまま、黙って二人で歩いた。幸いなことに、ヒカルの家まで、誰にも会わなかった。
「寄っていくだろ?」
「ううん…今日は帰るよ…本当にごめん…勝手なことばかりで…」
アキラが微笑んだ。ヒカルはその奇麗な笑みに胸がキュンとなった。何だか、離れがたくて
つないでいる手に力が入る。
「だめだ――!帰っちゃあ…せっかく来たんだから…!泊まっていけよ、な?
うんって言うまで、手ぇ離さねえからな!」
ヒカルがアキラの腕にしがみついて言った。
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