Shangri-La第2章 41 - 43


(41)
アキラを腕の中に収めて、艶やかなその髪をくるくると
指に絡めたり外したりしながら、ぼんやりと時間を流していく―――
近頃毎日、何らかの仕事を入れているヒカルにとって
それは、とてつもなく贅沢な時間の使い方だった。
母の退院が決まったら、指導碁以外のバイト、特に深夜帯のバイトは
継続できないだろう。だからそれは全部やめるつもりで
限られた日限の中で、できるだけ早く、沢山、稼ぎたくて頑張ってきた。

そして、もうじき、その日が来る。

なのに貯金は目標を大きく下回り――外で過ごす時間が増えたせいか
小遣いの減りが異様に早く、当初の計画は大幅に後ろにずれ込んで
しまったため、正直、まだまだバイトはやめられそうにない。


(42)
アキラには、多少淋しい思いをさせているとは思う。
二人の関係が進むにつれ、アキラは信じられない程
ヒカルに甘えるようになってきた。
なのにもうずっと、アキラと二人きりで過ごす時間はとれず
触れるどころか、直接話をすることすらできずにいる。
森下先生のことは気にしなくていいと言ったが、アキラには
気になるようで、棋院周辺での接触は自粛されたままで
芹澤の研究会の時でも、目も合わせずに挨拶するだけだ。
しかし時々、アキラはヒカルを見ていた。
ふと目が合うと、その瞳は激情に燃えていて、
なのに棋院内やその周辺でヒカルから声をかけても
アキラはひどくそっけなかった。

いつもだったら指導碁の予約がキャンセルされたくらいで
その日をオフにしたりはしないのだが、
最近電話もかけてこなくなったアキラが気になっていた。
それに何より、ヒカルは疲れていた。
毎日どこかしらに出掛けて、仕事も碁の勉強も並列でこなしている。
たまには休みたい。それも本音だった。


(43)
胸にかかる、久しぶりのアキラの重みに心が安らぐ。
アキラはヒカルの胸元が気になるのか、何度も撫でている。
その手から、重なった身体から、体温がじんわりと染みてきて
そのぬくもりが、身体の中にある重たい何かを消し去っていくようだ。
それと同時に、意識までもがすうっと薄らいでいく中で
アキラが、何かとんでもないことを口にした。
言葉の意味は理解できるが、その意図が分からなくて
どうしてそんな事を言うのか聞き返したいと思ったのに
その思いすら、ほの白く霞んで霧散した。
全てが揮発して消えていくその感覚が、幸せに思えた。



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