落日 41 - 44
(41)
いつまでこの責め苦が続くのだろう。
男共の何か言い争う声もヒカルの耳には入っていなかった。
がくり、と、ヒカルの頭を捕らえていた男が急に崩れ落ち、支えを失ったヒカルは地面に倒れこ
みそうになる。が、ヒカルの腰を掴んだ手がそれを許さない。
生臭い匂いがむっと立ち込める。何とか手をついて顔を上げると、つい先程までヒカルの口内
を犯していた男の背中が目に入った。
その背がぱっくりと割れて赤い血を流しているのが、闇の中にかろうじて見えた。
同時にヒカルの腰を掴んでいた男もそれに気付き、動きを止める。
「なっ…貴様、何を…」
頭上で刃がきらめくのが目に入るのと、ヒカルの腰を掴んでいた手が離れるのとはほぼ同時
だった。
「ああ…っ…!」
支えを失ってヒカルの身体は今度こそ地面にくず折れた。
(42)
どさり、と重たい身体がヒカルの上に倒れこんできて、ヒカルは呻き声を上げる。
「貴…様、こんな事をしてただで済むと……」
呻き声と共に切れ切れに呪詛の言葉が漏れるのが聞こえる。が、そのような言葉など耳にもい
れず、他の男共を切り倒した血まみれの手がヒカルの髪を掴み、男の身体の下からヒカルを引
きずり出そうとしている。既に朦朧とした意識のヒカルは悲鳴さえ上げられずに、男の手に従うし
かない。
更に彼はヒカルに覆い被さる男を足蹴にして倒し、ヒカルの身体を引き寄せ仰向けにかえすと、
下肢を割り開き、既に怒張しきった己自身をヒカルに勢いよく押し込んだ。
嗄れきったヒカルの喉からまた、掠れた悲鳴が上がり、背が弓なりに反る。が、既に何度も男達
の精を受け入れたヒカルの内部は、強引なその動きを難なく受け入れた。
男は目を閉じ小さく身体を震わせて極上の感覚を味わう。そして、熱く蠢きながら己を締め付け
るその感覚に小さな呻き声を上げた後、男は狂ったように腰を動かし始めた。
もはや意識も切れ切れに、ただ己の内部から与えられる感覚だけがヒカルを支配する。それは
もはや快感を通り越し、苦痛にも近いものであったが、ヒカルの肉体はその感覚から逃げ出す
事はできなかった。
せめて気を失ってしまいたい。意識だけでもここから逃げ出してしまいたい。そんな思いに気が
遠くなりかけていた、その時、恐ろしい悲鳴と共に突如男の動きが止まり、ヒカルの腰を掴んで
いた手に恐ろしいほどの力がこめられた。骨を砕くようなその痛みにヒカルは一瞬、己を取り戻
す。次の瞬間、男の身体はくず折れ、どさりと音をたててヒカルの上に落下した。
どろりと生暖かい液体が、ヒカルを更に汚すように伝い落ちるのを感じながら、ヒカルはようやく
意識を手放した。
(43)
頬にポツリと何か冷たいものが落ちるのを感じて、ヒカルは小さく動いた。
身体の上に何か重いものが覆い被さるように乗っている。それを除けようとして突然、ヒカルはそ
の物体がなんであるか、思い至る。生臭い血の匂いが鼻をつく。己の身体が、もう動く事もない、
命を失った物体の下に閉じ込められていることを感じて、ヒカルは恐怖に身を震わせた。必死に
なって、まだ暖かさを残す重い肉を押しのけその下から這い出ようと、ヒカルがほんの少し身体
を動かすと、体内でずるりと何かが動くのを感じた。
瞬間、ヒカルの身体が硬直した。
「うぁあああああああああああああああああああ!!!」
絶叫と共に、どさりと重い音がして、ヒカルにのしかかっていた肉塊がヒカルの横に落ちた。
立ち上がることはかなわず、ヒカルは四つん這いになってよろよろとそこから逃れようとすた。
数歩動いた後、嘔吐感に襲われ、ヒカルは激しくえずいた。
ゴホゴホと咳き込みながら、ようやく一息ついて、恐る恐る振り返ると、そこにはあの夜盗達がまる
で一塊の小山のように重なり合っていた。男達のいずれかの身体に刀が突き刺さり、闇の中で刃
が鈍い光を放っていた。
つい、先刻まで、自分はあの下にいたのだ。
恐怖と嫌悪感に身体が震えた。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。けれど、そこから動くだ
けの気力は、ヒカルには残されていなかった。
生臭い匂いが鼻をつき、身体全体がベタベタして気持ちが悪かった。夜闇の中ではそれが何かは
わからないが、それがあの男たちから流れ出た血であろう事は、容易に想像できた。そして下肢は
彼らが、そして自分が放った精液で汚れ、体内にも未だそれが残されているのだろう事も。ぐう、と
胃からまたこみ上げるものを吐き出そうとしたが、もはや吐くべきものも何もなく、苦い胃液を吐き
出すだけだった。
雨が次第に激しく降り始め、ヒカルの裸の背を雨粒が叩いた。
僅かに残されたヒカルの体力も体熱も奪っていくようなその雨が、けれど我が身に纏わりつく汚物
を洗い流してくれるのではないかと幽かな期待を持って、激しく打ち付ける雨を感じながら、ヒカル
は気を失った。
(44)
何かに顔を叩かれて彼は覚醒した。
雨は降り止んでいたが、代わりに激しい風が木々を揺する音が聞こえた。
また、何かが彼の体にぶつかった。風に煽られて折れた木々の小枝だろう。きっと、さっきも同じ
ように小枝があたって、意識を取り戻してしまったのだろう。ぴしゃりと濡れた葉が横向きに地面を
見ている彼の顔にぶつかって、彼の身体がひくりと動いた。
吹き付ける風に身を震わせながら彼はゆっくりと身体を起こした。
引き裂かれた衣が枝にひっかかり、風に煽られてなびいているのが目の端に入った。よろよろと
立ち上がり、腕を伸ばしてそれを取り、何とか原型をとどめているだけの単をかろうじて身に羽織っ
た。そしてよろめきながら、彼は足を動かした。振り向いてはいけない。振り返ってはいけない。振
り返って見たが最後、あれらが妖かしと変じて襲い掛かってくるような気がした。
あれほど激しく感じた雨でも、彼の身に纏わりつく汚れをすっかり洗い流すには足りなかった。泥
の匂いに混じって、血の匂いが生臭く彼の鼻に届いた。一歩一歩歩くたびに、下肢を伝わり落ちる
ものを感じた。汚れの上に濡れた衣を一枚羽織って、彼は陵辱の林から逃れ出ようと、必死に足
を進めた。
ぼつり、と何かが彼の背を叩き、ひっ、と小さな悲鳴を上げて、彼は思わず振り返ってしまう。それ
は続けざまにばたばたと彼の振り向いた顔を、肩を、背を叩く。ざあっと強い風が吹いて、彼のよろ
めく体は近くの樹に叩きつけられた。激しい雨が、また、降り始めてきた。もう涙も枯れ果てた汚れ
た面を上げて、彼は力弱い目で天を見上げる。けれどその目にはもはや何も映らない。月も星も
ないこの夜、ただ雨と風だけが彼にふりかかり、何かを映し出すだけの光はどこにもない。闇の中
で、叩き付ける雨が彼の顔を打ちながら、泥を流していく。ばらばらと叩き付けるような雨粒を感じ
ながら、彼はぎゅっと目を瞑り、小さく頭を振った。
そうして、彼はまた、ここから逃れようと、ゆっくりと歩き始めた。
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