痴漢電車 お持ち帰り編 41 - 44


(41)
 「ちょ……ちょっと待って…」
ここから、アキラの家まで抱かれていくのか?いくら何でも冗談じゃない。
「お……落ち着け…お母さんに見られたらなんて説明するんだよ……?」
「………そ、そうだね…興奮してつい…」
アキラはヒカルをゆっくりとおろした。そして、ばつが悪そうに、笑った。
 アキラと知り合ってかれこれ三年以上経つが、こんなヤツだとは今の今まで知らなかった。
衝動的だし、奸計をめぐらすし、単純だし、それになんと言ってもバカだし………。何か新鮮。
『コイツがこんなヤツだと知っているのは、きっとオレだけだよな?』
ヒカルは、ちょっと嬉しくなって、無意識のうちに笑顔になっていた。

 「本当にボクの家に来てくれる?」
アキラが顔を覗き込んできた。ヒカルは少し首を傾けて考え込むふりをした。本当は答えは
はじめから決まっている。
「ダメ?さっきのはボクをからかったの?」
「…………しょうがねえから行ってやる…」
溜息混じりに(半分以上演技だけど…)そう言うと、アキラは心底嬉しそうにヒカルの手を取った。


(42)
 ヒカルが着替えを鞄に詰め込んでいると、アキラが何かを思い出したように「あ…」と
小さく声をあげた。
「何?」
「忘れていたよ…進藤コレ……」
と、アキラが紙袋を差し出した。
 包みを開けると、中からセーラー服が出てきた。ヒカルの顔が強張る。
『コイツ………また…』
ヒカルはアキラを睨んだ。だが、
「門脇さんに返しておいて。とりあえず、一番大きいサイズを買ったんだけど、それでよかったかな?」
と、にっこり笑われて、拍子抜けした。
『ちょっと、考え過ぎだったか……ゴメン、塔矢…』
 しかし、次の瞬間、それを撤回した。
「進藤には、もっと上等で可愛いのをプレゼントするよ。だから……」
全部を言い終わらないうちに、アキラの顔面にセーラー服が叩き付けられた。
「バカ!トーヘンボク!オタンコナス!オマエなんか大ッキライだ――――――――!」
ヒカルは、ベッドに顔を伏せて、大声で泣き始めた。

 アキラがヒカルを理解するには、かなり時間がかかるだろう。ヒカルは既に後悔し始めていた。
『こんなバカと付き合うなんて……オレのバカ!』
狼狽えているアキラの慰めを無視して、ヒカルはただ泣き続けた。


(43)
 拗ねてしまったヒカルを何とか宥め賺して、アキラの家へのお泊まりを約束させた。彼は、
まだムスッとした顔をしていたが、拗ねた顔もスゴク可愛いので全然気にならなかった。
『今日は人生最良の日だ〜』

 玄関で靴を履いていると、買い物から帰ってきたヒカルの母とかちあった。
「何だ………お母さん買い物に行ってたの?」
「出かけるの?もうすぐ夕飯よ。」
「塔矢の家に行ってくる。今日、泊めてもらうから、ご飯いらない。」
「あら、じゃあ、食べてから行けば?ね、塔矢君も…」
ヒカルの母は、重そうな買い物袋を持ち直して、二人に提案した。
 ヒカルはちょっと考えて、彼女に訊ねた。
「オカズなに?」
「ピーマンの肉詰めとカボチャの煮付けよ。」
にっこり笑う母に対して、ヒカルは露骨に顔を顰めた。
「いらない。外で食べるから……行こ!塔矢!」
 ヒカルはアキラを置いてさっさと出て行った。ヒカルの母に挨拶をして、慌ててその後を追う。
前を歩くヒカルに早足で追いついて、その華奢な指先をそっと握った。ヒカルは少し鬱陶しげに
アキラを見たが、それを振り払おうとはしなかった。


(44)
 夕暮れの道を手をつないで二人で歩く。ヒカルはずっと黙ったままだ。こんな風にしていると
なんだか息苦しくなってきて、ヒカルを抱きたくなってしまう。ヒカルの甘い体臭や、柔らかな
髪がアキラを煽る。だが、流石にここで手を出すのはマズイ。アキラは、何か話題はないかと
必死に考えた。

 「…………進藤…キミ…ピーマンキライだろう?」
ヒカルはビックリした顔をしてアキラを振り仰いだ。
「もしかして、カボチャとセロリもキライ?」
「どうしてわかるんだよ……オマエ、エスパー?」
―――――――やっぱり………
ヒカルはすっかり感心しているが、超能力ででも何でもない。誰でもわかることだと思う。
『さっきのオタンコナスは、ナスビととっていいのだろうか………』
 ヒカルが言う悪口は、彼のキライなものを言っているらしい。自分も気をつけないといけない。
真剣にそう思う。
 彼はどうやら自分の癖に気付いていない。ヒカルが誰かとケンカして、
『バカ!マヌケ!トーヤ!』
などと叫んでいたら切なすぎる。

 アキラはヒカルをじっと見つめた。ヒカルの機嫌はもうすっかり直っている。鼻歌交じりに、
つないだ手を振り回して元気よく歩く。
 それにしてもヒカルがこんなに気難しいとは思わなかった。おおざっぱなように見えて、案外デリケートだし………すごく感受性が鋭い。
 すごい財宝を発見したような気持ちだ。大切に大切にしようと、アキラは思った。
『でも………ときどきでいいから、スカート穿いてくれないかな………』
口に出したら、また、怒られそうだから、黙っておくことにした。
 自分の隣でニコニコ笑うヒカルが、すごく可愛かった。とりあえずはそれで満足しようと
思った。(結構贅沢)

おわり



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